本郷由美子さんは当時2年生だった娘の優希さんを亡くした。優希さんは校舎の出口に向かって39メートル歩いて亡くなっていた。歩数にして68歩で、本郷由美子さんは、人にはこれだけ生きる力があるんだっていうことや命の大切さっていうものもその足跡で教えてくれるような気がしたと話した。また悲しみの質が変わったのを感じていて激しい悲しみから温かくていとおしい、悲しみの質が変化してきているというのは感じていると語った。他にも苦しんでいる人に寄り添い支えたい、事件後に精神対話士の資格を取得、大切な人を亡くした人たちが集まれる場を設ける活動を始めた。年に1度落語家を招いた催しを自ら開いている。事件当時を経験した関係者や、過去に事故や病気で身近な人を亡くした遺族約20人が集まった。被害者にも悲しみの感情だけでなく日常があることをわかってほしい、苦しさや悲しみを経験した人同士で気持ちを共有することが大切だと考えている。少しでも悲しみを和らげようと落語の後には必ず経験した悲しみや孤独を語る時間を作っている。
