追悼式には遺族や鉄道会社の幹部などおよそ20人が参列し黙祷を捧げた。1991年5月14日にいまの滋賀県甲賀市で起きた事故では、信楽高原鉄道とJR西日本の列車が単線の線路で正面衝突し、乗客など42人が死亡し628人がけがをした。事故当時、地元特産の信楽焼の催しに合わせてJRが信楽高原鉄道の線路に臨時に乗り入れ、信号トラブルをきっかけに安全確認などミスが重なった。事故が起きた午前10時35分頃には列車が哀悼の意を示す警笛を鳴らしてそばを通り過ぎた。信楽高原鉄道・正木仙治郎社長は「いかなる場合でもお客様の安全を最優先できる社員教育を徹底した参ります」、JR西日本・倉坂昇治社長は「一層力を入れて事故の事実や反省、教訓を後世に継承しつづけてまいります」と話した。
