翌日、小林さんの会社であるミナミホールディングスの教習所で1週間後の運転免許試験に備え早速練習を始めていた。教官は同乗せず、AIなどが運転中の状況を瞬時に分析し評価していく。ミスをすると100点満点から点数が引かれていく仕組みである。すると信号が代わり始めた交差点で急ブレーキがかかった。黄色信号で減速しなかったため、AIがブレーキを作動させていた。その後もAIが次々とミスを検知していき、サンディさんも日本の交通ルールに悪戦苦闘していた。初めて日本での教習を終えた2人の結果はチェットさんがマイナス100点でサンディさんもマイナス55点であった。11月21日の運転免許試験の当日、1周間あまりの猛特訓の成果が試されることとなる。合格するには学科で90点以上、技能で70点以上を取らなければならない。2人は戻ってきたがチェットさんは知識確認が不合格で技能試験には進めず、サンディさんは知識確認は合格したが技能確認で不合格になっていた。会社に戻った小林さんは2人を採用してくれたサンケイワークスの金沢さんに報告。小林さんはこの日、教習後の2人を呼び出した。チェットさんはクメール語に翻訳された試験問題の翻訳が間違っていたので試験に落ちたという。トラックの運転は1つ間違えば大事故になりかねないと小林さんはそう考えていた。日本に来てから運転の教習と学科の勉強に明け暮れるチェットさん。部屋に帰って唯一の楽しみはカンボジアの家族との電話である。電話を切るとチェットさんは再試験に向け勉強を始めていた。最初の試験から4日後、チェットさんとサンディさんが2度目の試験に挑む。チェットさんは勉強の甲斐あって学科試験は通過したが、技能試験は点数が足りなかった。一方のサンディさんは見事合格し日本の普通免許証を手に入れていた。時間を見つけてはコースを訪れる小林さんの目線の先にはチェットさんがいた。自分の弱点を認めて猛特訓を続けていた。自動車学校の全面バックアップもあり、チェットさんは日に日に腕をあげていた。
