昨年92歳で亡くなった俳優・仲代達矢さんを紹介。圧倒的な存在感を発揮し、数多くの舞台や映画、テレビドラマで活躍した。仲代さんは昭和7年・東京生まれ。8歳で父を亡くし、喘息を患う母を助けるため働きながら定時制高校を卒業。19歳で俳優座養成所に入ったが、人見知りだったという。人前で恥ずかしくないよう訓練した。映画「七人の侍」で通行人役を演じ黒澤明監督から厳しい指導を受けた。その後、修行を積み黒澤作品に次々抜擢されるようになった。主演映画「影武者」は1980年カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞。俳優活動の一方、42歳のときに妻・宮崎恭子さんと「無名塾」を立ち上げ若い俳優を指導した。
仲代さんが80代で取り組んだのは、戦争の恐ろしさを描く舞台。力を注ぐ背景には、12歳の時の空襲の体験がある。「肝っ玉おっ母とその子どもたち」で演じるのは戦争で子どもたちを次々に失う母親。自宅には舞台のセリフが書き出され並び、深夜まで稽古に励んだ。公演では迫力のある演技で人々に訴えかけた。生涯現役を貫いた仲代達矢さん。92年の役者人生だった。
仲代さんが80代で取り組んだのは、戦争の恐ろしさを描く舞台。力を注ぐ背景には、12歳の時の空襲の体験がある。「肝っ玉おっ母とその子どもたち」で演じるのは戦争で子どもたちを次々に失う母親。自宅には舞台のセリフが書き出され並び、深夜まで稽古に励んだ。公演では迫力のある演技で人々に訴えかけた。生涯現役を貫いた仲代達矢さん。92年の役者人生だった。
