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「米国国立公文書館」 のテレビ露出情報

1900年頃からフィリピンには多くの日本人が移り住み、麻の栽培などに携わっていた。その数は最盛期には3万人にものぼる。現地のフィリピン人と結婚し、家庭を持った人も多くいたという。しかし、日本軍がフィリピンに侵攻し、日本人移民も日本軍への協力を余儀なくされた。戦況は悪化し、多くの人が戦死したり米軍の捕虜として日本へ強制送還され、家族の元に戻ることができなかった。当時のフィリピンは子どもは父親の国籍に属すると法律で定められていたため、父親を失った子どもたちは無国籍となった。タケイさんは母とフィリピンで暮らす中で父親が日本人だと告げられた。当時、フィリピンでは日本人に対する憎悪の感情が高まっていた。タケイさんは迫害から逃れるため、日本にルーツがあることを隠して生きてきた。現地のNPO法人が残留日本人の国籍回復を支援している。両親の婚姻書類や本人の出生証明書などを探すが、戦争の影響で証拠となる書類が失われていることもあり、申請にすらたどり着けない人もいる。タケイさんは父親の名前などを証拠に父親の身元を探してきた。調査の結果、父・銀次郎は戦後日本に帰国し、2005年に亡くなっていたことが判明した。無国籍の残留日本人は現在80~90代でその人数はここ数年で激減している。戦後80年の節目となる今年、石破総理は来日支援に前向きな姿勢を示し、タケイさんらとの面会も行った。今月6日、国費で初めて来日が実現した。タケイさんを出迎えたのは異母弟の竹井宏之さん。DNA鑑定の結果、90%以上で血縁関係を示す結果が出た。兄弟は父の墓参りをした。戦後80年、フィリピン残留日本人の国籍回復のための調査が始まってから約20年、新たな残留2世が名乗り出た。80歳のニシ・マリナさんは声を上げた。ニシさんも父に会ったことはない。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月12日放送 10:25 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブルピックアップNEWS
黒井慶次郎さんは、満州事変の翌年の1932年に召集令状が届き20歳で入隊。中国での戦闘に2年間加わった。その後、太平洋戦争が始まる1941年に再び召集され中国戦線に投入された。当時慶次郎さんがしるした日記には「荒れ狂う北満の寒風の中、砲煙弾雨の中を物ともせず堂々と進む我戦車の偉容」と使命感が表れた勇ましい言葉が並んでいた。しかし戦地から戻った慶次郎さんから勇[…続きを読む]

2025年8月11日放送 22:45 - 23:30 NHK総合
ファミリーヒストリー(ファミリーヒストリー)
現在、「連続テレビ小説 あんぱん」を手掛けている中園ミホ。あんぱんでは戦争に翻弄される人々の姿が描かれている。中園の母親・村上緑も戦争によって家族の幸せを奪われた人だった。まずは母方のルーツを辿る。もっとも古い戸籍を頼りに訪ねたのは熊本県荒尾市。明治日本の産業革命遺産「三池炭鉱 万田坑」があった地域で当時日本最大の炭鉱だった。村上家は代々この炭鉱で働き、明治[…続きを読む]

2025年8月9日放送 2:55 - 3:50 フジテレビ
被爆80年報道特別番組 彼女が世界に語る理由(被爆80年報道特別番組 彼女が世界に語る理由)
被爆者の小倉桂子さんに密着。コロナ禍の2021年ごろはオンラインで活動。パソコンや携帯電話を使いこなし、動画制作にも挑戦。被爆したのは8歳の時。当時の広島には35万人~40万人が住んでいたが、45年8月6日の原爆で約14万人が死亡。小倉さんが当時いたのは爆心地から2.4kmの自宅前。放射性物質を含んだ「黒い雨」を浴びた。自宅周辺に火傷をした人が次々に逃げてき[…続きを読む]

2025年7月17日放送 15:49 - 19:00 TBS
NスタNスタ ニュースランキング
特攻隊の攻撃を受け海に沈んだアメリカ軍の軍艦。エモンズの調査をおこなった九州大学・菅教授らは2000枚ちかくの写真を撮影し、エモンズを立体的に復元することに成功。砲門は水面方向に向いていることがわかった。特攻機が水面すれすれを飛行していた証でもあり、菅教授は「それだけの技能を持ったパイロットは教官隊しかあり得ない」などと説明した。

2025年7月17日放送 12:00 - 12:15 NHK総合
ニュース(ニュース)
世界で初めて核実験が行われてから80年。アメリカ西部にあるかつての実験場の前には放射性物質による被害を伝える看板が設置され、集まった人たちは核兵器廃絶を訴えた。

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