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「土佐清水市教育委員会」 のテレビ露出情報

床が抜け天井から光がさし込んだ状態の教室。廃虚となったこの小学校から貴重な資料が見つかった。それがこの学校日誌。こうした戦時下の学校日誌には戦争に巻き込まれた教育現場の様子。それから犠牲になった子供たちについても記されていた。高知県土佐清水市。海と山、自然豊かな集落にその廃校はある。明治8年に創立された旧大津小学校。戦後に建て替えられた校舎が今も残されている。1993年に休校となり、その後再開されることはなかった。およそ30年間時が止まっていたこの廃校で、ある貴重な資料が見つかった。4年前、校長室などから見つかったのは学校日誌。明治から昭和にかけての95年分が眠っていた。日誌を含む4000点以上の学校資料が廃校から救出され、現在は休校中の別の小学校に保管されている。教師たちが毎日書いていた日誌。その日の天気や児童数などに加え、学校の日常が記されていた。天皇の崩御やスペイン風邪の流行など社会的な出来事も記録されていた。佐清水市教育委員会・田村公利のコメント。
高知県土佐清水の旧大津小学校から学級日誌が見つかった。日誌を読み進めていくと次第に不穏な空気も。日中戦争が始まった1937年土ごろから墨で黒く塗られた部分が増えていく。日の丸のイラストも塗り潰されていた。黒塗りしても、歴史は消せない。墨塗りされたのは、戦争を想起させる言葉たち。空襲警報などで、終戦間際には学業どころではなかったことがうかがえる日誌。溝渕廣という、教師の名前も記されていた。溝渕清彦さん、終戦当時2歳だった。旧大津小学校に勤めていた母親の廣さん。その名前が書かれた日誌が見つかったことについては「すごいこと」と述べた。大人になり、自身も教師の道を進んだ清彦さん。廣さんら、当時の教師たちが記した日誌が墨塗りされた理由を知りたいと話す。戦後、GHQの統制下で軍国主義的な教科書の内容が墨で黒く塗られた。一方学校日誌については今、まさに研究が進められている。学習院大学・斉藤利彦名誉教授のコメント。
米軍機に取り付けられたカメラが捉えた空襲の様子。白煙が上がっている校舎に、更に機銃掃射を浴びせていく。同様の映像は複数残されていて学校も標的となっていたことが分かる。山梨県南アルプス市の大明小学校。およそ20年前、市内の戦争遺跡を調べる過程で戦時下の学校日誌が見つかった。米軍機が学校の周辺を襲い、3人の子供たちが亡くなったことが記されていた。そのうちの1人は頭部が粉砕され即死した。これまで注目されてこなかったという学校日誌。高知県の廃校で眠っていたように新たに日誌が見つかることで戦争の実態が見えてくる可能性もある。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年8月14日放送 23:00 - 23:56 TBS
NEWS23NO WAR プロジェクト つなぐ、つながる
床が抜け天井から光がさし込んだ状態の教室。廃虚となったこの小学校から貴重な資料が見つかった。それがこの学校日誌。こうした戦時下の学校日誌には戦争に巻き込まれた教育現場の様子。それから犠牲になった子供たちについても記されていた。高知県土佐清水市。海と山、自然豊かな集落にその廃校はある。明治8年に創立された旧大津小学校。戦後に建て替えられた校舎が今も残されている[…続きを読む]

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