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「大田区(東京)」 のテレビ露出情報

次のパズルは東北。三陸の海岸にある太田名部漁港、漁師たちが出港を待つ詰め所にフーディソンのバイヤー山本英満さんの姿があった。定置網漁船に乗り込んだ山本さん、夏頃から見慣れない魚がかかるようになったため1度見に来てほしいと相談を受けていた。出港から30分、引き上げが始まった。この地域では、マンボウはスーパーでも売られ刺し身や天ぷらにして食べられているが、三陸沖も温暖化の影響を受けていた。漁師たちが見せたかった魚は、温かい海を好む「アカヤガラ」。九州では高級魚として扱われているが、地元では売れないため競りにもかけられない。これこそフーディソンが得意とするところ、山本さんは早速買い付けた。
山本さんは漁港の隣町、宮古市の出身。14年前の大震災で宮古市は行方不明者を含む517人が犠牲となった。地元で震災を経験していない山本さん、若い頃に務めた田老町漁業協にやってきた。漁業に活気のあった良き時代、当時を知る仲間たちと思い出話しで盛り上がった。あれから25年、宮古市の海は変わってしまった。港町の経済を支えていたサケが、温暖化などの影響で寄り付かなくなり孵化場も今ではほとんど使われていない。窮地に追い込まれていた故郷へ、山本さんの恩返しが始まる。
大田市場にあるフーディソンの加工場では、バイヤーたちが全国で買い付けた魚を出荷用に加工する。山本さんが「アカヤガラ」を持ってきた。大量発生に備え先手を打って商品化の準備を進める。九州では高級魚のアカヤガラは、料亭でも出されるほどだが東日本では見慣れない魚。価値を広める方法を試行錯誤する。
東京・日本橋では、飲食店向け通販サイト魚ポチの配達中。店で出す魚の9割を魚ポチで仕入れいている、魚専門の料理店。板前歴38年の店主中村さん、刺盛りには珍しい魚が何種類も入っていてお客さんに喜ばれる。この日届いたのは、あの「アカヤガラ」。山本さんに頼まれアカヤガラのメニューを試してくれる。加工場で話にあがった串焼きや中村さんのアイデアで鍋料理などを作り、試作品を常連さんに食べてもらった。小さいサイズでも良い出汁が出ていると、お客さんの評判は上々だった。
出汁と言えば、バイヤーの萩野さんが手掛けた、長崎県雲仙市の煮干し工場で作ったサッパの煮干し。飲食店からの反応もよく、加工場にも活気がある。この日萩野さんは、新たな仕事の依頼にやってきた。フーディソンを通じてビジネスが広がりを見せていた。岩手県宮古市ではアカヤガラを売る準備が整い、後は待つばかり。三陸の海にアカヤガラが来るのは夏頃、山本さんの故郷への恩返しが叶いそう。
東京のサカナバッカでは、子供向けに魚教室を開いている。子どもたちが大人になった頃、アカヤガラが東京の食卓で当たり前に食べられているかもしれない。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年2月2日放送 8:15 - 8:53 NHK総合
衆議院小選挙区選出議員選挙 政見放送(衆議院小選挙区選出議員選挙 政見放送)
自由民主党の政見放送。今回の選挙は「高市早苗が内閣総理大臣で良いのかどうか」を問う選挙でもある。高市氏は「経済・外交・安全保障の大きな政策転換を行うためには国民の皆様の力が必要。日本列島を、強く豊かに。」と呼びかけた。東京選挙区の候補者を紹介した。

2026年2月1日放送 22:54 - 23:00 TBS
東京空色さんぽ(東京空色さんぽ)
大田区・洗足池エリアにある勝海舟記念館は、勝海舟の功績などを伝える記念館。Boulangerie Towaieの勝バーガーを紹介。

2026年2月1日放送 7:30 - 10:25 日本テレビ
シューイチまじっすか
まじっすか相撲部第5弾。去年、片寄涼太が出会ったのは横綱を目指す2人の天才相撲キッズ。小4のユウスケはわんぱく相撲全国大会で3位。関東小学生相撲優勝大会で優勝するなど、出場した大会全てで優勝し、公式戦22連勝。2025年ラストの全日本小学生相撲優勝大会で優勝した。小5のショウタロウは初戦敗退。今回は明治大学相撲部を訪問し、2人の相撲を分析してもらい改善を図る[…続きを読む]

2026年2月1日放送 1:10 - 1:40 テレビ朝日
ワールドプロレスリング(棚橋弘至 引退特集)
1月4日の東京ドーム大会で引退した棚橋弘至にインタビュー。新日本プロレス社長としてこれからを担うレスラーたちへの期待を語った。KONOSUKE TAKESHITAは試合後の会見で試合中に腕に巻いていたバンダナは中邑真輔から託されたものだと明かした。棚橋は「スゴい気持ち感じましたね」と語った。

2026年1月30日放送 23:14 - 23:20 日本テレビ
ミチガタリ!(ミチガタリ!)
蒲田駅近くにあるくねくねした道「さかさ川通り」。昔流れていた川の上に蓋をして道ができたが人通りの少ない寂しい道だった。そこで地域の人たちが立ち上がり新たな道をデザイン。その際に川の記憶を残すために道をくねくねさせた。また歩道と車道の段差がほとんどないのはイベントを開催しやすくするための工夫。国家戦略道路占用事業に指定され公道を使用したイベントが行いやすい。[…続きを読む]

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