夢を追い12歳で親元を離れた少年と母との5年間の記録。鳥取城北高校2年生の豊田は相撲界に注目されている。豊田は横綱になり白鵬を優勝回数で越えたいなどと語った。豊田が所属する相撲部はこれまでに39人の力士を相撲界に排出してきた名門校。部活仲間と食事した豊田は、多いときには4杯おかわりしていて体格を大きくしなければならないのだなどと伝えた。豊田の故郷は人口約2万2000人の離島である徳之島。豊田は抜群の相撲センスで小学生時代は6度の日本一に輝き、天才小学生と脚光を浴びると中学校から親元を離れ、千葉の柏相撲少年団へ入団した。スタッフは豊田が12歳の頃から取材を開始している。そんな豊田が支えにしているのは母とのツーショット写真であった。母・住英も豊田の活躍が自分の支えになっているなどと明かした。豊田はこの日、母・住英とテレビ電話で会話し、練習で抱えた不安を払拭し、母が送ってくれているという牛乳を毎日飲んでいるのだなどと話した。母・住英は大会度に徳之島から応援に駆けつけており、豊田は鳥取城北高校へ進学後も母とは離れての生活を送っている。しかし2023年10月、母・住英は大腸がんを患い余命1年だと告げられた。豊田はあの母が余命1年だというのは実感がわかないが、あの母のことでありきっとそれより長く生きていてくれるのだと話した。
余命宣告から2日、母・住英は鹿児島から鳥取へ来ていた。豊田と再会した母・住英は、残す人生は好きなことをしたほうが良いと助言してもらい、豊田と一緒に過ごしたいと思ったなどと明かした。母・住英は豊田の練習を見学し、夜には2人で食事に出かけ、豊田はインターハイの団体戦で優勝すると宣言した。インターハイまで4か月。2025年5月27日、豊田は母・住英に呼ばれ、鹿児島へ帰省していた。
余命宣告から2日、母・住英は鹿児島から鳥取へ来ていた。豊田と再会した母・住英は、残す人生は好きなことをしたほうが良いと助言してもらい、豊田と一緒に過ごしたいと思ったなどと明かした。母・住英は豊田の練習を見学し、夜には2人で食事に出かけ、豊田はインターハイの団体戦で優勝すると宣言した。インターハイまで4か月。2025年5月27日、豊田は母・住英に呼ばれ、鹿児島へ帰省していた。
