ヤングケアラーだった平成ノブシコブシ徳井にルポ散歩で話を聞いた。中学時代の徳井は千葉の君津で父親の会社の団地に暮らしていたが、父親は会社に学費を出してもらい出世のための学業単身赴任で神戸へ。そこから母親は心の病を患い、酒を飲み自分の部屋に引きこもるようになった。小1だった妹の世話をしており、ドアの隙間から出てくる1万円札と買い物リストを渡されていた。その後も病状は改善せず、母の親戚がいる北海道に引っ越した。たまに母は部屋から出るようになったが家事は徳井がやっていた。当時から誰かを頼るという考えはなく、助けてと思ったこともないと話した。ヤングケアラーを対象とした統計によると、半数近くが必要な支援について特にないと回答し7割近くが相談をした経験がないという結果になった。その後徳井は上京し芸人の道へ。母親は自殺したが動揺はしなかったという。徳井は小籔から感謝することやマナーを学び理解していったという。