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「岡本太郎さん」 のテレビ露出情報

甲子園球場100年の歴史を振り返ってきたが、野球以外にも様々な大会やイベントが行われてきた。問題「阪神甲子園球場で実際に行われた大会、イベントは?:1・スキージャンプ、2・馬術大会、3・鷹狩り」、正解「全部」。1938年・全日本スキージャンプ甲子園大会、1933年・五輪選手歓迎馬術大会、1938年・鷹狩り。野球以外にも様々な大会、イベントが行われてきた甲子園の豆知識。甲子園球場は内野席と外野席の間にある大観覧席通称アルプススタンドが有名。名付け親がいる。1929年にこのスタンドが新設。その年の夏の甲子園大会に白いシャツを着た観客が詰めかけた。当時、朝日新聞の記者として取材をしていた人気漫画家・岡本一平氏は、芸術家・岡本太郎さんの父。岡本氏が「そのスタンドはまた素敵に高く見えるアルプススタンドだ。上のほうには万年雪がありそうだ」と表現。紙面に掲載したのが後に広まっていったといわれている。甲子園歴史館によると1924年の開場当時からメニューにあったのがカレー。コーヒー付きで30銭、現在の価値で1300円ほどで販売されていて、当時は家庭でカレーを作ることは考えられなかった時代だったため、多い時は1日1万食も売れた。甲子園といえば高校野球でも盛り上がる場所だが、負けてしまった選手たちが試合後にグラウンドの土を持ち帰ることが風物詩。最初に持ち帰ったとされる人は、諸説あるが打撃の神様と呼ばれた川上哲治氏。朝日新聞によると1937年熊本工業のピッチャーとして夏の甲子園に出場した際土を持ち帰ったとされていて大会史には「打順が回ったら今度こそ打とうと思って闘志を燃やしていたのだが私は記念に甲子園の土を袋に入れて持ち帰り、熊本工のマウンドにまいた」とつづられている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年4月20日放送 7:30 - 10:25 日本テレビ
シューイチ今昔NEWSイッチ
幻の万博から約30年後の1970年に開催されたのが日本万国博覧会。会場はお祭り騒ぎとなり、会場のシンボルとなった太陽の塔。塔の中も展示空間になっていた。太陽の塔といえば3つの顔が有名だが、4つ目の顔があったという。それが地下に展示されていた地底の太陽。万博終了と共に撤去され、今でも行方は分かっていない。 会場で観客を釘付けにしたのはゾウ。タイから神戸港におり[…続きを読む]

2025年4月16日放送 19:00 - 21:00 日本テレビ
有吉の壁一般人の壁を越えろ!
大阪・関西万博の会場で有吉を笑わせたら1ポイント獲得。さらば青春の光らがネタを披露した。

2025年4月14日放送 12:20 - 12:30 NHK総合
みみより!解説(みみより!解説)
万博サテライトスタジオから大阪・関西万博を紹介。今回は158の国と地域が参加して展示を行う。きのうは14万人が訪れ、開幕初日の興奮に包まれた。指摘されてきた課題は、会場建設費が当初の1.8倍の最大2350億円になった点、海外パビリオンの遅れなど。海外パビリオンは自前建設42のうち開幕日に間に合わなかったのは1つ。チケット販売は前売り券が約1100万枚と目標の[…続きを読む]

2025年4月10日放送 21:54 - 23:10 テレビ朝日
報道ステーション(ニュース)
万博のプロデューサーとして休む間もなく作業を進める落合陽一さん。「世界で一番おもしろいものを作らないと万博じゃないとみんな思っている」と語る。1970年、高度経済成長期の真っ只中で開かれた大阪万博。6400万人が来場し200億円近くの黒字を生み出した。成功の裏にあったのは「ここに来ないと体感できないものを作る」という情熱。「太陽の塔」はまさにその象徴だった。[…続きを読む]

2025年4月7日放送 0:00 - 0:20 NHK総合
ドキュメント20min.(ドキュメント20min.)
吹田市の万博会場へ。現在は大阪万博跡地を整備して1972年に万博記念公園として開園された。岡本太郎作の太陽の塔は今も変わらずシンボル。イサム・ノグチが手掛けた噴水・宇宙空間の夢は現在もその姿を見られる。続いてチェコスロバキア館の展示。世界最大とも言われるガラス彫刻のガラスの川。かつての3分の1の大きさだが今も公園に残っている。今も残っているパビリオンがある。[…続きを読む]

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