皇室典範をめぐって、過去には女性・女系天皇を容認する案も有力視されていた。戦後9年が経った1954年、岸信介氏らが中心となり、自民党の前身である自由党が作成した「日本国憲法改正案要綱」の中には、「皇男子なき場合は皇女子がこれを継ぐものとする」と記されている。皇室典範を改正し女性天皇を認めるという内容があった。その翌年の1955年、自由民主党が結党。中曽根康弘氏が憲法改正の試案を作成した。しかし皇室典範の改正は行われなかった。その議論が再び動き出したのは、小泉純一郎総理大臣(当時)の時だった。
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