センバツの歴史は発祥の地を示すモニュメントがある愛知県名古屋市から始まった。第1回のセンバツが開かれたのは大正13年、会場は八事球場だった。参加したのは僅か8チーム、香川の高松商が決勝で早稲田実業学校を破りセンバツ初代優勝校としてその名を刻んだ。その夏に東洋一の球場と謳われた甲子園球場が完成、センバツも場所を移し春の甲子園がスタート、数々の名選手がその土を踏んだ。熊本工業の川上哲治選手はセンバツでノーヒットだった。愛知中京商業の野口二郎投手は15回大会で全試合完封勝利で優勝した。兵庫滝川中学の別所投手は左腕を骨折しながらもマウンドに上がる姿がファンの心を打った。第29回大会を湧かせたのは王貞治投手で3試合連続完封で勝ち上がった。決勝の高知商業には完投勝利、早稲田実業は関東勢初の優勝を果たした。
