続いて2人が向かったのは正法寺から徒歩10分のところにある平賀源内のお墓。平賀源内は江戸時代中期の多彩な人物で、本草学者、戯作家、発明家としても知られる。蔦屋重三郎の依頼に応えて「福内鬼外」の筆名で吉原細見の序文を寄稿した。医学書の「解体新書」で有名な蘭学者・杉田玄白は平賀源内と深い交流があった。平賀源内の墓は杉田玄白が私財を投じて建立したもの。平賀源内は人を殺傷したとして奉行所に出頭、伝馬町の牢に投獄され52歳で獄死した。お墓は国指定史跡として保存されている。
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