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「溥儀」 のテレビ露出情報

大正11年、イギリス皇太子エドワードが来日した。エドワードを迎えるために作られたのが10号御料車、国賓をもてなすための専用車両。特徴は車内の入口をかねた展望デッキ、ここから日本の風景を堪能できた。展望室は当時最大級の窓ガラスが使用されている。主賓のための御休憩室の壁には花柄のランプがあり、透胎七宝という技法で作られている。この御料車が計画された当時、日本外交の大きな課題は日英同盟の維持だった。第一次世界大戦中に中国や太平洋西部の島々に進出した日本の動きをアメリカが警戒、イギリスに日英同盟を解消するよう働きかけていた。緊張した外交関係を緩和したいと考えた日本はイギリス皇太子エドワードを特別待遇でもてなすために御料車は突貫工事で作られた。展望室に置かれた扇風機の中心には菊の御紋、その周りには七宝つなぎで円満を意味する。しかし、イギリスはアメリカの圧力に屈し日英同盟は廃棄された。10号御料車はその後も歴史の荒波に揉まれていく。昭和8年、日本が国際連盟を脱退。満洲国皇帝・溥儀が昭和10年に来日し、10号御料車の展望デッキに乗り込んだ。10号御料車の乗客は国際情勢とともに大きく変わった。昭和20年、10号御料車はまたもや歴史の転換点に立ち会う。太平洋戦争終結後、GHQの日本占領がはじまった。10号御料車はGHQに接収された。展望デッキに取り付けられたのはアメリカ第8軍専用車両を表すテールマークだった。そのデッキに立ったのはマッカーサー夫人。接収の跡は今でも車内にはっきり残っている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年6月17日放送 9:55 - 10:25 テレビ朝日
じゅん散歩方南町
杉並区立郷土博物館では、常設展として原始から近現代へと続く歴史の歩みを紹介。江戸時代に杉並は鷹場で、管轄する村々は領主にタカの餌となるホタルといった虫などを上納していた。ホタルは大奥で観賞用に使用された。旧篠崎家住宅主屋では先人のわざと暮らしを垣間見ることができる。この博物館は溥儀の弟・溥傑の妻・愛新覚羅浩の実家の跡地。七夕も近いので高田純次は「若さをいただ[…続きを読む]

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