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「東大」 のテレビ露出情報

案内してくれるのはシニアアドバイザー水野浩伸さん。これまでに35億冊以上100種類を販売。ノートを拝見。罫線上に「・(ドット)」が加えられているが、東大生のノートを研究すると図や絵がきれいに書かれていることからヒントを得た。ドットがあることで文字を書く時だけでなく、図やグラフを書く時の目安となり、整理された見やすいノートに。さらに見開きがフラット。通常のノートは見開き部分に影ができるが、フラットなノートは見開き部分に影ができない。工場は約1万平米。ノートの中紙は9000m。1本で4700冊分のノートができる。まずはロール状になっている原紙を引き出し両面に罫線を印刷。罫線が印刷された紙は2つ折りにされ、縦3冊分の長さのものができていく。機械によって印刷された表と裏の罫線がズレていないか30分置きに光に透かして確認。JIS規格(日本産業規格)では1mmまでのズレは許されるが、工場独自のルールでズレを許さない。2つ折りの紙を重ねたものに表紙と裏表紙がセットされ、背表紙部分を接着させる「のり付け」を行うが企業秘密。背表紙部分を糸やリングで閉じているノートもあるが、こちらで作っているのはのりで接着させる無線とじノート。レーンから流れてくるノートにローラーでのりを付けていく。約1mm幅でのり付けをして閉じることで見開くがよく中身がバラけない強度のあるノートに仕上げている。重要なのり付け工程は機長と呼ばれる機械の責任者がのりの付き具合などをチェックしている。のり付けが終わると300℃のヒーターに当て乾燥させる。ノートの背部分にクロスを貼る。背クロスのはみ出し部分をカット。3冊を1冊分にカットして完成。Q.工場にある筒は何のためにある?A.紙くずを1か所に集めるための筒。
続いて保全グループへ。工場内に機械をメンテナンス・修理する部署を置き、トラブルが起きた際すぐに対応でき、作業への支障を抑えることができる。続いて案内されたのはノートの強度検査。上下に引っ張り紙1枚でどこまで耐えられるか。ママチャリ1台分ぐらいぶら下げられたという。1本2kgのペットボトルを吊るして何本まで耐えられるか実験。10本(20kg)で破けたが、結合部分はまだまだ耐えていた。一方でデジタル化社会でノート需要は減少。そこで学生向けにスマートフォンを使い、ノートとデジタルを融合した新たな学習方法の開発にも取り組んでいる。カメラを起動し、ノートを映すと、傾きやゆがみを補正しデータ化。「暗記シート」を押すと赤色の文字が隠れる仕組みとなっている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年4月3日放送 9:00 - 11:10 日本テレビ
DayDay.ナゼ?ナゼ?
「なり手不足」について。高橋さんは「教員不足は10年くらい前から言われていたが今に至るまであまり改善されていない」などと話した。古市さんは「ロボットの進化が遅れている分運送や介護は人の需要がまだまだ大きいと思う」などと話した。土居さんは「団塊ジュニア世代が退職すると一気に人手不足が進む」などと話した。就活生が思う行きたくない会社の条件には「転勤が多い」が増え[…続きを読む]

2025年4月3日放送 5:50 - 9:00 日本テレビ
ZIP!街録ZIP!リアルレビュー
3月25日、東京大学の卒業式が行われた。今回、東大卒業生に、これからの人生設計を調査する。

2025年4月2日放送 23:50 - 0:35 NHK総合
あしたが変わるトリセツショー改訂版 足のトリセツ
畿央大学 瓜谷大輔准教授は足の握力が健康に与える影響を研究。転倒した人は転倒した人に比べ約20%足の握力が低く、若い世代でも将来転倒するリスクが高くなる可能性はあると指摘する。転倒経験のある渡辺は足の握力を計測、50代女性の標準値8.9キロを下回る6.3キロだった。
人間工学を専門とする千葉大学 下村義弘教授が開発した筋活動を測ることが出来るセンサーで足の[…続きを読む]

2025年4月2日放送 11:30 - 11:50 NHK総合
ドキュメント20min.(ドキュメント20min.)
横井晴紀さん(24)は京都大学内で環境活動を推進するサークルに所属している。高校時代からの同級生、大野竜哉さん(23)は環境問題への意識がそれほど高くない。そんな2人は京都大学を出発し、二酸化炭素排出量(国土交通省の概算に基づく)を抑えながら、2日目の日没までに知床自然センターを目指す。大学から京都駅へ向かい、新幹線などで函館駅に到着。ここまで移動しかしてい[…続きを読む]

2025年4月1日放送 18:25 - 21:54 テレビ東京
開運!なんでも鑑定団開運!なんでも鑑定団 怒涛の3時間半スペシャル
明治・大正・昭和を生き抜いた近代日本画の巨匠・横山大観。圧倒的な気迫と卓越した筆で日本画の未来を切り開こうとした美の国士。明治元年、水戸藩士の家に生まれ、19歳の時、東京美術学校の創立を知り、画家になろうと決意。にわか勉強で受験すると見事合格。当時社会は急速に西洋化する中、校長の岡倉天心はあえて東洋美術の素晴らしさを解き、日本独自の芸術を発展させるよう指導。[…続きを読む]

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