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「東京都立中央図書館」 のテレビ露出情報

江戸料理文化研究所の車さんに江戸時代の夏の乗り切り方を学ぶ。 車さんは、江戸時代のレシピを約1200種類再現していて、浮世絵などから当時の食文化を解き明かす第一人者。
まずは歌川広重の東海道五拾三次・鞠子を読み解く。1日数十km走ったともされる飛脚たちの健脚を支えたともいわれる一杯が描かれている。東京・台東区雷門にある創業約100年の老舗では。ビュッフェ形式で現在も提供されており、その正体はとろろ。とろろは平安時代から滋養強壮に良いとされており、消化を助ける酵素のアミラーゼ、エネルギー作りに欠かせないビタミンB1が含まれ、夏の体を支える食材として親しまれてきた。とろろの味を追求して100年の老舗では、味噌が主流だった江戸時代に最も近い味である大和芋と赤味噌などを合わせたものや、江戸時代中期から登場し、人気を博しただし醤油の味つけのものなどの3種類のとろろを楽しめる。
続いては、歌川広重の東海道五拾三次・日本橋・朝之景を読み解く。冷蔵庫のない夏の江戸時代には、食べ物や飲み物を天秤棒で売り歩く行商人がいた。夏の江戸っ子達が愛したスタミナドリンクも売っており、その味を今も守り続けているのが、東京・神田にある創業180年の老舗。その正体は冷たい甘酒で、当時は桶に入れて容器ごと井戸水で冷やしたという1杯8文で、今で言うと200円ほど。こちらの老舗では、江戸時代と変わらない製法で甘酒を作っており、甘酒の命とも呼べる麹は、現在は都内唯一と鳴る地下6mの土室で育てられている。職人たちは4日かけて育てた米麹と蒸した米で熟成している。甘酒は、素早くエネルギー源になり、疲労回復をサポートするブドウ糖やビタミンB1が含まれており、江戸の夏を乗り切る力になっていた。
歌川芳綱の飲食養生鑑から、江戸っ子は食べることそのものが健康につながると考えていたことが読み解ける。この絵は江戸時代の健康マニュアルとも言え、体内の人間たちが胃や腸などの臓器の働きを表している。暴飲暴食などをすると体の中は大慌てで、食を大切にすることが健康につながると説いている。
そんな考えから生まれた胃腸に優しい江戸グルメを車さんが教える。みそ汁にひきわり納豆と刻んだ納豆を入れた納豆汁で、江戸時代、毎日のように食べられていたという。味噌には必須アミノ酸9種類が含まれていて、納豆という発酵食品が加わることでパワーアップするという。
住所: 東京都港区南麻布5-7-13
URL: http://www.library.metro.tokyo.jp/12/

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年11月8日放送 19:30 - 20:00 NHK総合
ダーウィンが来た!こんぽこ合戦!キツネとタヌキ 秋冬編
キツネと言えば油揚げなのか?白笹稲荷神社の宮司さんによると、田んぼの害獣であるネズミを揚げてお供えしていたことがきっかけで、油揚げに変わっていったという。

2026年10月29日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.気になる!
東京都立中央図書館は公立図書館として蔵書の数が国内最大級。ここでは図書館バックヤードツアーが行われている。職員専用の渡り廊下を通って資料保全事務室へ。資料保全事務室では古い書物や壊れた本などの保全・修理を専門の職員が手作業で行っている。さらに、職員しか地下書庫へ。そこには貴重な資料の数々がある。

2026年10月27日放送 19:00 - 19:50 テレビ朝日
プラチナファミリー小泉孝太郎&高嶋ちさ子 華麗なる一家をのぞき見
上田宗篁さんは武家茶道上田宗箇流第十七代家元。武家茶道上田宗箇流は戦国武将・上田宗箇が始めた茶道。武家の所作がお点前に反映されている。茶室には上段があり、武家は格の違いを明確に示そうとする社会背景があったため上段という概念が生まれたという。宗篁さんは家元を継承する前はプロダンサーとして活躍していた。伝統にとらわれない考えを上田宗箇流にも落とし込んでいった。そ[…続きを読む]

2026年10月24日放送 21:00 - 21:54 テレビ東京
出没!アド街ック天国銀座 木挽町 BEST20
直木賞作家の永井紗耶子さん。『木挽町のあだ討ち』が大ヒット。昭和通りにあった劇場が舞台。森田座跡の看板が立っている。木挽町は木挽職人が住んでいた。1657年に明暦の大火があった。その後、森田座が作られた。中央区立郷土資料館に森田座の入場札がある。天保の改革で芝居小屋は風紀を乱すとされ浅草に移転。

2026年10月20日放送 20:10 - 21:54 テレビ朝日
絶景&世界遺産 火曜の良純孝太郎(絶景&世界遺産 火曜の良純孝太郎)
半蔵門は服部半蔵とその配下の伊賀同心たちが警備を任されていたことに由来する。甲州街道は武蔵野台地の尾根に沿って作られているため真っ直ぐな道に。徳川将軍が攻め込まれた時に脱出口として素早く逃げられるよう裏門である半蔵門から甲州街道までを直線で繋げたとも言われている。江戸幕府の軍事・警備を担った大番組は半蔵門付近の番長に屋敷を構えていた。人によって強化された守備[…続きを読む]

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