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「東日本大震災」 のテレビ露出情報

作家・クリエイターのいとうせいこうがスタジオゲスト、岩手めんこいテレビの井上智晶アナウンサーがリモートゲストに登場。いとうは東日本大震災後に東北学院大学を中心にあの震災がどういったものであったのかを研究したものを毎年発表しており、それの冊子に震災学と記されており、その活動が10年目となったときに被災地でどのように過ごすべきなのかを世界に発信できると考え、その上で学問のようにするべきとして被災学へとなっていったなどと明かした。東日本大震災当時に高台から押し寄せる津波を撮影し、その後も支局員として被災地域を取材してきた井上は復興事業は概ね計画通りに進み完了している状況にあるが一方で震災前にはなかった新たな課題に直面しており、サケやサンマなどの不漁問題は漁業・加工・飲食業と多くの産業で影響は大きいなどどと話した。東日本大震災と向き合うきっかけについていとうは、被災者たちの無念さを考えてきたときに「想像ラジオ」のアイデアを思いついて執筆したが、書いている最中に自分なんかが書いて良いのかという葛藤もあったなどと明かした。いとうは被災者たちの話は聞く人がいなければ知ることが出来ないため自分が聞く立場になれた良かったと考えているなどと話した。
いとうは被災学というものは被災から自分の身を守るための学問であり、被災したときにどのようにしてどこで生活し、どのような人々が支援に現地入りするべきなのかについては長年に渡って国境なき医師団を取材し、どの国でも体育館でゴロ寝といった惨状はなく、必ず国連が配っているテントが設営され被災者のプライバシーはものすごく守られているなどと語った。いとうは体育館で過ごす被災者たちは笑うことでさえ遠慮して出来なかったなどと伝えた。井上は震災の風化により避難意識は薄れてきていると感じており、7月に発生したカムチャツカ半島沖の地震津波でも避難したのは一時最大約4900人で避難対象者の1割弱であったなどと明かした。
いとうが2021年に取材した震災の語り部活動をする当時大学生の女性による震災当時は小学5年生での体験談の一部を紹介。いとうは被災者同士でも被害度合いが違うため被災について話し合うことがタブーとなっていて、被災から月日が経ったからこそ話せるようになった事実はこれから10年経っても新たに出てくるであろうし、それに耳を傾け続けることが必要などと伝えた。いとうが2022年に取材した在宅被災者の話の一部を紹介。いとうは被災者たちは壊れた家に住み続けるしかなかったが、そうした在宅被災者たちについて当時は殆ど報じられることはなく、本人たちは家があるだけマシだという後ろめたさから自ら話すことが出来ずにいたため、取材側が話を聞き伝えていくことが大切などと説いた。
いとうは岩手・洋野町は東北被災3県で唯一死者も行方不明者も出なかった町であり、洋野町の被災者の話が印象に残っているとして一部を紹介した。いとうは取材側は被害がある場を優先して取材することがある意味で習性であり、でも本当は何も被害が出なかったのはどうしてなのかということを伝えていくべきであるなどと語った。岩手・洋野町では震災後に八木防災センターを建て替え、災害時には避難所となり、男女別のシャワー室や個室が完備されている。いとうは洋野町の取り組みを日本全国が実施すれば被災後の苦痛は和らぐはずであり、話を聞いた当初は驚いたなどと明かした。井上は震災直後の様子を伝えることはPTSD心的外傷後ストレスにさらされるということであり現場では懸念されているがPTG心的外傷後成長という言葉があり、陸前高田市の高田小学校でドキュメンタリー番組の取材の中で知り、つらい体験と向き合うことで成長を促すことであり、つらい体験がストレスとなるのか成長につながるのかを分けるカギは感謝の気持を持つことにあることが研究で明らかになったなどと解説した。いとうは顧みられない伝染病という言葉があり、貧しい地域での伝染病に新薬を開発しても製薬会社の設けにならないためメディアも報じずにいる現実があり、そうしたように顧みられない災害もあると考えており、顧みられない災害とはどういったものであったのかを当事者たちから話を聞きたいのだと明かした。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年8月16日放送 22:00 - 22:30 日本テレビ
おしゃれクリップ全て知る両親・祖母が証言 GENERATIONS 片寄涼太(31)
片寄は音楽教師の父、祖父を持ち、「母も趣味でコーラスをやっていた」と明かした。進研ゼミで100点でないと気になるほど完璧主義だったといい、母の麻さんが心配になるほどだったという。中学3年のとき、両親と行ったEXILEのライブでスカウトされ、高校1年の終わりに母と上京。東日本大震災の翌週だった上、経済的に苦しかったという。片寄自身はダンス、歌ともに実力不足だと[…続きを読む]

2026年8月16日放送 12:55 - 13:25 テレビ朝日
新婚さんいらっしゃい!(新婚さんいらっしゃい!)
会いに行きたくなる新婚さんが住んでいるのは福島県郡山市の磐梯熱海温泉。創業から約50年の「万葉の宿 八景園」を営んでいるのは今回の新婚さん谷田貝瞬さんと妻の翠さん。瞬さんはこの旅館の次期社長・3代目になる予定。旅館の事務所内に居住スペースがあり、住み込みで働いている。瞬さんが旅館を継ぐことを意識したのは17歳の時。東日本大震災の原発事故により客足が途絶え、奮[…続きを読む]

2026年8月15日放送 19:30 - 20:45 NHK総合
NHK夏の音楽祭うたであえたら2026NHK夏の音楽祭 うたであえたら
東日本大震災から15年。羽生結弦は当時16歳。震災後、自分にできることはないかと多くの被災地を訪ねた。一方、ゆずも被災地で多くの人と出会い、震災の記憶を未来に繋いでいくという思いを込めて「幾重」という曲を作った。この歌のメッセージに共感した羽生結弦。東北の地から2組が共演する。

2026年8月15日放送 18:30 - 19:00 日本テレビ
満天☆青空レストラン(満天☆青空レストラン)
フルーツファームカトウでは14種類の桃を栽培。様々な桃を吟壌桃というブランド名で出荷している。今とりごろの品種ははつひめと暁星。おいしい桃の見分け方は丸くて果点が多いもの、表面の毛が寝てつるんとしているもの。名人が先代から桃園を受け継いだのは40年前。桃の甘さと香りを引き出すのにこだわったのは肥料。魚粕・真昆布だし粕などの肥料を発酵菌オーレスGで発酵させて土[…続きを読む]

2026年8月15日放送 4:50 - 5:20 テレビ朝日
テレメンタリー2026テレメンタリー2026
事故が起きた福島第一原発。その場所には戦時中旧陸軍の磐城飛行場があった。飛行場があった場所を示す記念碑は今も原発の中に残されている。記念碑の発起人となったのは杉本正衛さん。家族を訪ねると、杉本さんが書いていた日記を紹介してもらったが、飛行場の情報がなかなか集まらなかったことも書かれていた。太平洋戦争末期に杉本さんは海兵団に入団し戦地に向かう予定だった。しかし[…続きを読む]

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