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「東海大学」 のテレビ露出情報

1月29日、バスケットボールB.LEAGUE DRAFT 2026が行われた。指名を待っていたのは、日本体育大学・石川響太郎。プロへの思いを強くさせたのは、宮崎・県立小林の父・石川裕二HCの存在。県立小林に入る前に親子の関係は切ると言われ、親子で3年間戦った。集大成の高校最後の大会、SoftBank ウインターカップ2021で石川はエースとしてチームを牽引し、3試合連続で30得点超えの活躍。準々決勝、県立小林vs帝京長岡の試合で敗れはしたものの、チームにとって21年ぶりのベスト8の成績を残した。父は最後のミーティングでも厳しいた言葉をかけたが、離れたところに呼び出すと息子に感謝を伝えた。あれから4年、現在は親元を離れて日本体育大学でプレーしている。石川は「自分の持ち時は3ポイントシュートだと思っているので、3ポイントシュートはプロの人たちにも負けたくないですし、プロの人たちとやりあえると思っている」と話す。2年生のときには関東大学リーグで3ポイント王に輝き、大学屈指のシューターに成長を遂げた。天皇杯には父も応援に駆けつけ、三遠ネオフェニックスを相手にチームトップの8得点の活躍。成長を見せてドラフトでの指名を待つ。
東海大学2年の赤間賢人も運命の日を迎えた。高校時代は静岡・藤枝明誠でエースとして活躍。世代トップの点取り屋2年連続でウインターカップベスト4に入った。東海大学では2年生で中心選手になり、大きな決断をした。大学をあと2年やるより早くプロに挑戦したい気持ちが出て、大学を中退してドラフトに臨む。Bリーグで戦う同級生や同世代の選手たちの姿に大きな刺激を受けたという。ドラフト2週間前、サンロッカーズ渋谷が開催したのは、10名の候補選手を集めた練習会。そこで赤間は、有力選手の中で堂々としたプレーを見せてアピールした。
B.LEAGUE DRAFTは完全ウェバー制。抽選は行われず決まった順番で指名が進められる。サンロッカーズ渋谷が1巡目1位指名したのは山崎一渉。茨城ロボッツの1巡目2位指名は赤間賢人。ドラフト会議で石川の名前が呼ばれることはなかった。石川は「まだプロ選手になれないわけではないので、ここからがスタートだと思ってしっかり準備してプロ選手になれるように頑張りたい。しっかりと自分がスタートラインに立って選ばれた選手たちと一緒の舞台でできれば」と話す。これから石川は下部リーグの所属先を探す。一方、赤間はBリーグデビューを果たす。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年5月29日放送 15:10 - 16:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーン漢字ふむふむ
中国語を使う地域では「烏賊」は一般的に学術的な表記などに使う。地域や種類によって呼び名が変わる。台湾ではコウイカは「花枝」、ヤリイカは「中巻」と呼ぶ。京都先端科学大学・丸田博之教授によると、平安時代に書かれた「倭名類聚抄」という辞書の中に、水面に浮かんでいる烏賊を「死んでいる」と思いこみつつこうとするカラスを烏賊が引き込んでしまうことが「烏賊」の語源と記され[…続きを読む]

2026年5月18日放送 9:00 - 11:30 フジテレビ
ノンストップ!(ノンストップ!)
ことし3月まで大学に通っていた春風亭昇太。ゼミを指導していた東海大学の教授によると、ゼミの打ち上げの時、学生を前に財布から大量の札束を見せつけていたという。春風亭昇太は、この話は事実だといい、卒論発表が終わった日の夜に、みんなで飲みに行った、自分が支払うと申し出ると、同級生たちに断られたため、ちゃんとお金を持っていることを見せた、結局半分だけ支払ったなどと話[…続きを読む]

2026年5月9日放送 2:22 - 2:47 テレビ朝日
新日ちゃんぴおん!新日同窓会 ~あの頃、オレたちは~
田口は大学生時代を「さえないキャンパスライフ」だとし、東海大学体育学部に進学してレスリング部に入ったが、その年から推薦枠がなくなり同好会に格落ちしていて落胆してすぐに退部し、そのままさえないキャンパスライフとなったなどと明かした。

2026年4月28日放送 9:00 - 11:10 日本テレビ
DayDay.FOCUS
きょう、東京は最高気温が25℃と夏日の予想。注意が必要なのは春の汗。専門家によると春の汗は臭いが強く、臭くなる傾向があるという。なぜ春の汗は臭くなりやすいのか。東海大学理学部化学科・関根教授は「冬の間はほとんど汗をかかない。汗腺がお休みしている割合が多くなってしまう」などと話す。正体はベトベトの汗。春になって急に汗をかくようになると塩分濃度の高いベトベトの汗[…続きを読む]

2026年4月21日放送 10:40 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブルピックアップNEWS
こうした研修を日本政府が始めた背景はどこにあるのか。外務省によると当時の鈴木善幸総理が1981年ASEAN諸国を訪問した際日本に精通した外交官の養成を支援する方針を打ち出した。その年に外交官の研修を開始、以来45年間行われている。今では開発途上国などのODAの支援を受ける若手外交官などにも対象が広がっている。研修にかかる費用は日本側が負担している。去年までに[…続きを読む]

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