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「法隆寺」 のテレビ露出情報

今回ニッポンに招待したのはフランスからやってきたコルネリアさん。入国審査の時に滞在先を書かなきゃいけなかったが場所を知らなかったため職員に「世界!ニッポン行きたい人応援団」のボードを撮った写真をみせると「ああこれね」と通してくれたと明かした。そんなコルネリアさんが愛してやまないのは「絞り染め」。出会ったのは2023年6月でフランス・ベグルで一軒家で夫と息子の3人暮らしで暮らしている。絞り染めは世界でも「SHIBORI」と呼ばれ知られる。絞り染めで作られる模様は規則的であるが決して1つ1つは均一ではないがその自然な表現に強く惹きつけられる話す。絞り染めは奈良時代に作られたとされる生地が法隆寺で見つかっており平安時代には高価で貴族の間で愛されていた。絞り染めの魅力について模様が多彩であると話す。絞り染めには軍隊絞りなど生み出される模様の数は約100種類以上に登る。コルネリア
コルネリアさんが絞り染めを始めたのは2020年で若い頃は服の裁縫などの仕事をしていたが結婚を気に翻訳家に転職。その後イギリス人作家が書いた絞り染めの本と出会い、教室に通ったりし1週間に30時間以上を絞り染め作りに費やしている。そんなコルネリアさんは1週間に1つ欠かすことなく作り続けた絞り日記は長さ17.5mの作品となった。コルネリアさんの作品は友人のアトリエやイベントなどにも出展しう好評。コルネリアさんの絞り染めの作り方を見せてもらう。生地に模様の元となる下絵を描いて、庭で育てた藍の葉から染料を作っておりそれに生地を漬け込み半日置いて、糸を解いていく。コルネリアさんは参考のために京都絞り工芸館からネットで購入吹田「京鹿の子紋」の手ぬぐいを見せてくれた。鹿の斑点に似ていることから「鹿の子」と名付けられており1ミリ角の布を指でつまみ絹糸で9回巻き上げ1円玉の面積に約100個分の粒ができ、一着の着物に15万粒、完成までに約2年かかる。近年では「アナと雪の女王2」が歌曲賞にノミネートされた際には松たか子さんが鹿の子を全体に施した「総鹿子」を着て話題になった。
何もしらないコルネリアさんにニッポン行きをサプライズ報告した。そして7月にコルネリアさんが初来日。まず行きたい場所について京都絞り工芸館を挙げた。SNSでフォローをしていて館長が面白い方でぜひ会いたいと話した。
住所: 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
URL: http://www.horyuji.or.jp/

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年6月27日放送 15:40 - 16:54 テレビ東京
よじごじDays外国人になぜ人気?中山道の宿場町 魅力再発見の旅
フランス出身のカップルと一緒に「やまぎり食堂」で看板メニューの五平餅を食べた。2人には日本で気に入っているものがあるという。それは日本の食器、形と素材が素晴らしいという。再び妻籠宿を散策。やってきたのは脇本陣 奥谷。脇本陣とは大名が本陣に宿泊できないときの予備宿舎。脇本陣に使われているのは木曽ヒノキ、伊勢神宮や法隆寺などに用いられている重要な木材。

2024年4月26日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.中継
山口市から中継。現在改修工事中の瑠璃光寺五重塔を紹介。東京スカイツリーはこちらの建物に影響されて建設されたという。高さは31.2m1442年室町時代にこの地域を収めていた大内氏を弔うために創建された。奈良・法隆寺、京都・醍醐寺の五重塔と共に日本三名塔に数えられ国宝に指定されているという。庭園とともに四季を通じて様々な表情を見せてくれる山口市のシンボルであり誇[…続きを読む]

2024年4月15日放送 20:00 - 21:00 フジテレビ
呼び出し先生タナカ早稲田&慶応&東大 出身芸能人対決
東大チームと早慶チームが学力駅伝テストに挑戦。「この料理の名前は?」「この場所の名前は?」などの問題が出された。

2024年4月11日放送 13:05 - 13:55 NHK総合
列島ニュース(大阪局 昼のニュース)
法隆寺の国宝・救世観音像は飛鳥時代に作られた仏像で、長らく秘仏とされてきたが、今は毎年春と秋に特別公開している。今日は法要が営まれ、仏像が納められた扉が開かれた。仏像は高さ1m80cmほどの木製で聖徳太子をモデルにしたと伝えられている。訪れた人は1400年前から伝わる貴重な仏像の姿をじっくり見つめていた。特別公開は来月18日まで行われる。

2024年4月6日放送 19:30 - 20:55 NHK総合
新プロジェクトX〜挑戦者たち〜東京スカイツリー天空の大工事~世界一の電波塔に挑む~
2003年、200m級のビルが次々に建設され東京タワーの電波が遮られていることが課題となっていた。関東一円に電波を届けるには600m級の電波塔が必要だった。設計は日建設計の吉野繁と小西厚夫が手掛けることになった。デザインを担当することになった吉野には新たな東京のシンボルをという課題が突きつけられていた。スカイツリー建設には致命的な難点があった。それは敷地の狭[…続きを読む]

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