大阪府には福島県から避難した217人が暮らす。吉川裕子さん(76)は娘を頼り、夫と浪江町から避難してきた。自宅は解体し、大阪に新居を構えた。夫の定さんは死ぬまでに帰りたいと話していたが、帰らぬ人に。お墓は浪江町に建てた。裕子さんは小学生を前に自身の体験を語っていて、明日はどうなるか分からないと、「今日のケンカはその日に終わらせること」と伝える。大阪で友人も増えたが、浪江町に帰ることがこの上ない願いだという。
横山徳三郎さん(76)は脱サラ後、浪江町の山を購入して宿泊施設を経営。口コミで評判が広がり、旅行雑誌ランキングで1位になったことも。だが、原発事故の帰還困難区域となり、立ち入りが規制された。東日本大震災の被災者を支援するNPOに参加し、解散後は娘が暮らす大阪へ。施設には草木が侵食し、近づくこともままらなない。死ぬ前になんとかしたいという。
浪江町津島区出身の菅野みずえさん(73)は兵庫・三木市に新居を構えた。事故後、福島県民と内閣府へ陳情に向かった。原発による電気がなくとも東京の人々は変わらず生活していて、菅野さんは「この苦労は何だったのか」と涙がこぼれたという。今は原発政策の転換に心身が堪えるという。一方、三木市でつながりもでき、「あんたが来たから、原発の新聞を見るようになった」と話す人も。
横山徳三郎さん(76)は脱サラ後、浪江町の山を購入して宿泊施設を経営。口コミで評判が広がり、旅行雑誌ランキングで1位になったことも。だが、原発事故の帰還困難区域となり、立ち入りが規制された。東日本大震災の被災者を支援するNPOに参加し、解散後は娘が暮らす大阪へ。施設には草木が侵食し、近づくこともままらなない。死ぬ前になんとかしたいという。
浪江町津島区出身の菅野みずえさん(73)は兵庫・三木市に新居を構えた。事故後、福島県民と内閣府へ陳情に向かった。原発による電気がなくとも東京の人々は変わらず生活していて、菅野さんは「この苦労は何だったのか」と涙がこぼれたという。今は原発政策の転換に心身が堪えるという。一方、三木市でつながりもでき、「あんたが来たから、原発の新聞を見るようになった」と話す人も。
