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「満州事変」 のテレビ露出情報

1925年にラジオが登場。街頭ラジオが設置されるやいなや街中の人が群がった。活字とは違う速報性や臨場感、娯楽も届けてくれる夢の箱だった。1937年から1938年の間にラジオは役割を大きく変えていった。満州事変以降、戦争への道を走っていた日本では経済や生活の全てを政府が統制することを認める国家総動員法が成立。国民を戦争に動員するための道具として政府が狙いを定めたのがラジオだった。手本としたのはナチスの宣伝戦略。この時期、ラジオ局には政府の役人や軍人が次々と送り込まれた。人々の戦意を高めるために娯楽番組をも利用していった。それまで良いとされていたのは客観的に情報を伝える淡々調と言われる読み方だったが、雄たけび調と呼ばれる感情を加えた伝え方に変わり戦意高揚の役割を果たした。早稲田大学の渡邊教授は耳に届く声の変化が感情にどう影響を及ぼすのか研究している。約100人が参加した実験の結果、声の変化で感情が影響を受ける傾向が明らかになった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月12日放送 10:25 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブルピックアップNEWS
黒井慶次郎さんは、満州事変の翌年の1932年に召集令状が届き20歳で入隊。中国での戦闘に2年間加わった。その後、太平洋戦争が始まる1941年に再び召集され中国戦線に投入された。当時慶次郎さんがしるした日記には「荒れ狂う北満の寒風の中、砲煙弾雨の中を物ともせず堂々と進む我戦車の偉容」と使命感が表れた勇ましい言葉が並んでいた。しかし戦地から戻った慶次郎さんから勇[…続きを読む]

2025年8月8日放送 18:30 - 21:58 フジテレビ
ザ!戦後80年の映像遺産SP 池上彰×加藤浩次の運命の転換点(ザ!戦後80年の映像遺産SP 池上彰×加藤浩次の運命の転換点)
多くの若者が戦場へと向かった背景には国民の熱狂があった。1932年大日本国防婦人会が発足し会員数は約1000万人に上った。東海林のり子は母が国防婦人会の活動に参加する姿を鮮明に覚えていた。女性たちをさらに戦争へと駆り立てるアニメも制作された。中には国防婦人会の活動に参加しない人を非国民扱いする人までいた。

2025年6月18日放送 8:15 - 9:30 NHK総合
あさイチ(特集)
国防婦人会は地域の主婦たちが中心となり、主な活動は出生する兵士の見送りをしたり、慰問袋の作成をしたりすること。戦死者が出ると、遺族のいえを訪れ英霊と称えた。活動のきっかけは満州事変。大阪に設立され、2年で54万人にまで会員を増やした。多くの女性たちの心をひきつけた理由について、片桐ヨシノさんが語った肉声が残っている。活動に参加する前はお姑さんに絶対頭があがら[…続きを読む]

2025年4月29日放送 6:10 - 6:53 NHK総合
放送100年特集 食べることは生きること「きょうの料理」誕生秘話食べることは生きること ~「きょうの料理」誕生秘話~
東京港区にある放送博物館。今回の取材はその収蔵庫に眠る資料を掘り起こすことから始まる。放送初期から戦争に至るまでの貴著な記録。全てのページを確認すると3000を超える料理を紹介していたことがわかった。放送初日、総裁の後藤新平はラジオの使命は文化の機会均等であると宣言。老若男女階級などの壁を無くし、均等に電波を提供するとした。高等女学校への進学が15%に満たな[…続きを読む]

2025年4月27日放送 11:00 - 11:45 テレビ朝日
皇室スペシャル(オープニング)
オープニング映像。

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