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「漢那安昌」 のテレビ露出情報

きのう沖縄・糸満市の平和祈念公園に訪れ、平和の礎に遺族の名が刻まれたことを確認した女性がいた。平和の礎には24万2659人の名前が刻まれている。1945年4月1日に沖縄本島上陸したアメリカ軍が住民を巻き込んで行った沖縄戦では日米双方合わせて20万人以上が犠牲となった。平和祈念公園を管理する平和祈念財団の松川事務局長は平和の礎には一人ひとりの思いが全世界に広がるようにと願いが込められているなどと話した。戦後81年、刻名を希望する遺族は今も少なくなく、今年新たに国内外から95人の戦没者の名が刻まれた。与那原町で暮らしている稲福は満州生であり、両親は沖縄出身であるが国家公務員であった父・漢那安昌が満州に赴任し、満州で稲福と妹の節子が生まれた。稲福は当時戦争に敗れた後は食料品や日用品を奪われたなどと話した。旧日本軍による満州事変で誕生した満洲国。当時は開拓のため多くの日本人が満州へと渡ったが敗戦間際には旧ソ連が侵攻し、155万人ともいわれる日本人があてもなく逃げ惑った。その際24万5000人もの日本人が命を落とした。幼子2人を抱えた母の恭子さんは故郷の沖縄へ帰ることを決意。長旅の途中、昌子さんの妹の節子さんが栄養失調で亡くなった。恭子さんは沖縄へ帰郷後、平和の礎へ節子さんの名前を刻銘することを県に希望したが死因などを証明できず不認可に。両親の他界後、昌子さんが思いを引き継ぎ去年7月、当時の状況を見ていた知人の証言などを資料に加え申請。戦後80年を過ぎてようやく刻銘が決まった。

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