俵万智は40歳でシングルマザーになった。40歳で子どもを出産したことについて、体力的には大変だった。20代・30代でやりたいことをやったため、子育てを楽しむことができたと話した。東日本大震災の時は仙台に住んでいた。俵万智は仕事で東京にいたといい、数日後にやっと帰ることができたという。息子も地震のショックで赤ちゃん返りした。石垣島に住んでいた友達に気晴らしに来ないかと誘われ、海の見える部屋に居候させてもらった。すると、息子も元気になったという。ここで子育てもありだと考え、そのまま住み着き、5年間ほど島で暮らしていた。息子はその後、宮崎の中高一貫校で全寮制の学校に入学。息子がホームシックになったこともあり、俵万智は毎日ハガキを書いて送った。息子は現在22歳で大学生。大学では国語学を専攻しており、日本語を言語学的に研究しているという。
