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「神戸市」 のテレビ露出情報

明日、1月17日で阪神・淡路大震災の発生から31年。東日本大震災からは今年で15年。お家で安心して過ごすための防災を紹介する。東京都北区防災センターは1984年に開館した東京都初の防災館。地震体験をした。東日本大震災は激しい横揺れが2分間以上続いた。海溝型地震は広い範囲で横揺れが長く続き大きな津波を引き起こす。阪神・淡路大震災は27秒間の激しい縦揺れが起きた。活断層型は狭い範囲で短時間縦揺れが起きる。阪神・淡路大震災で被害にあった家を再現したものを拝見した。今後30年以内に約70%の確率で首都直下地震が発生すると予想されている。
今西さん宅をモデルケースにお家の防災を紹介した。防災グッズを揃える前にするべきことは家のリスクと地域のリスクを確認すること。1981年6月より前に建てられた家は旧耐震基準の住宅で大きな揺れには耐えられない。2000年6月より前に建てられた家も耐震性不足の木造住宅が東京都で約20万棟あると推定される。自治体によっては耐震診断の補助金が出るという。地震の場合は揺れるだけでなく津波・土砂災害・液状化・火災という4つの災害が複合的に起きる。自然災害の被害予測はハザードマップなどで確認できる。都心でもがけ地や小さな沢があれば土砂災害の危険性がある。地震が発生したら土砂災害危険エリアから避難する。首都直下地震で想定される合計死者数約1万8000人のうち約1万2000人の人が火災で亡くなると予想されている。東京都が公開している火災危険度マップでは東側で危険エリアが多い。今はガスコンロでも震度5程度以上の揺れを感知すると自動で止まるようになっている。 地震による火災の半分以上が電気火災となっている。電気火災は揺れで電気製品に可燃物が接触して発火するほか、停電復旧後に電気製品が作動して発火する、電気コードが破損し停電復旧後にショートして発火するパターンなどがある。家を離れるときはブレーカーを落とす。最近は大きい揺れを感知すると自動でブレーカーが落ちるタイプの分電盤もある。
住所: 兵庫県神戸市中央区加納町6-5-1
URL: http://www.city.kobe.lg.jp/

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月19日放送 10:25 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブルピックアップNEWS
阪神淡路大震災から31年が経った。兵庫県神戸市の神戸須磨シーワールドはイルカの大ジャンプや西日本で唯一シャチのダイナミックなパフォーマンスを見られるだけでなく、海の生物と触れ合うことができる。ここには約560種、1万9000点以上の生き物が展示されている。中でもイルカが特に人気を集めている。オスのバンドウイルカのガルの推定年齢は41歳。阪神淡路大震災を経験し[…続きを読む]

2026年1月18日放送 7:00 - 7:40 NHK総合
NHKニュース おはよう日本中継
阪神・淡路大震災で須磨海浜水族園(当時)は激しい揺れに襲われ飼育していた生き物に深刻な影響を及ぼしたのが停電と断水。水槽に酸素を送れず水温を保つことが出来なかった。イルカ・ガルのプールに飼育員の男性が駆けつけると水温は通常の18℃から10℃に下がっていた。非常用発電機を動かすも断水で冷却できず使えなくなった。さらにエサの補充もめどが立たなくなり与える量も減ら[…続きを読む]

2026年1月17日放送 20:54 - 22:04 テレビ朝日
サタデーステーション(ニュース)
これは阪神高速が特別公開した被災構造物の数々。1995年の阪神・淡路大震災では阪神高速道路は約600mにわたり倒壊、阪神・淡路大震災を象徴する被害となった。被害を拡大させた大きな要因、“交通インフラの崩壊”、道路の被害だけでも約7200か所となった。交通インフラ崩壊で最も深刻だったのが一刻を争う人命救助。長田区の住宅密集地域では延焼防止と避難場所確保の取り組[…続きを読む]

2026年1月17日放送 17:30 - 18:50 TBS
報道特集(特集)
31年前のきょう発生した阪神・淡路大震災。自宅が半壊し近くの避難所に身を寄せたキヨ子さん。しかし持病の高血圧が悪化し、地震から3か月後に脳出血で倒れた。受け入れてくれる病院も見つからずたらい回しとなり、95年7月に亡くなった。息子の早川さんは過酷な避難環境が母の死を招いたと考え、災害関連死の認定を神戸市に求めた。阪神・淡路大震災では約900人が災害関連死と認[…続きを読む]

2026年1月17日放送 4:50 - 5:20 テレビ朝日
テレメンタリー2026テレメンタリー2026
中村専一さんはかつて神戸市長田区で蕎麦屋を経営していた。1995年に発生した阪神・淡路大震災では、震度7の揺れと大規模な火災が長田区を襲った。中村さんの家族は皆無事だったが、経営していた蕎麦屋は焼失。ずぐ近くにあった自宅も燃えてしまった。自宅も店も仕事も失ったが中村さんは、諦めなかった。震災から4ヶ月後に自力で復興し、店があった場所に店舗兼住宅を建て商売を再[…続きを読む]

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