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「福音館書店」 のテレビ露出情報

去年10月、SNSで静かな話題を呼んだ投稿があった。月刊誌・母の友が72年の歴史に幕を下ろすことになったがたった1つの雑誌の休刊がなぜ話題になったのだろうか。去年12月に母の友最後の校了が行われていた。出版社の経営判断で母の友は今年の3月号を持って休刊となり、新たにWEBマガジンを立ち上げることになった。母の友は数々の名作を生んできた雑誌で「ぐりとぐら」「魔女の宅急便」もここから生まれた。だが最も紙面を割いてきたのは社会の今を映した特集記事である。ベトナム戦争・公害・安保法案・災害など今知るべき事柄を正面から伝えた。編集部には常に途絶えることなく、お便りが寄せられてきた。はがきを送ったペンネーム・はしのふもと湯さんは3児の母で母の友に度々はがきを送ってきていた。自分の生き方を母という言葉で縛っていたのではないか、ある時それに気づかせてくれる記事と出会った。この本を読むと自分に戻らせてくれ、鎧を外して読めたのが『母の友』だったという。
ペンネーム・ぬよさんは推し活で存在も知らなかった母の友をたまたま手に取った。母の友編集部に送ったはがきには「何がきっかけで「生きたくない」と思ったのかそれをたどっている毎日です」などと書いていた。母の友を開いて目にとまったタンポポの記事などを見て「生きることと死ぬことしか考えてなかったがその間を埋めてくれた」とのことだった。『母の友』を創刊した初代編集長の松居直さんは敗戦で生きることに直面した体験が原点だったという。終戦から8年、夫や家族を失った母や子どもたちも混乱の中を自分たちで生きていかなければならなかった。松居さんは母親のノイローゼや無理心中が各地で起きていたことに胸を痛めていた。松居さんが創刊当時のことを記した手記があり、編集方針として掲げていたのは「生きる目標・目的・意味を自分で探し出すことを共に考え抜きたい」であると読者に呼びかけた。
母の友を創刊間もない頃から読んでいる94歳の読者・渡辺幸子さんは施設に入り書店に行けなくなってからも息子に頼んで毎月届けてもらっていた。母の友最終号の最後に組まれた特集は『「生きる」を探しに』であった。読者と共に「生きる」を探すことは最後まで変わらない編集方針だった。森田真生さんは休刊までの5年間、子どもとの日々の会話ややりとりを連載で書いていた。社会に静かに波紋を広げた母の友の休刊。書店を営む鈴木潤さんは決して広くはない店で長年母の友を並べてきた。休刊して感じるのは今の社会にこそ必要な雑誌だったのではないかという思いである。
「本当に腹が立ってくる…」などとSNSに投稿したぼんさいさんにとって母の友はネットやハウツーに流されがちな自分を引き戻してくれる存在だった。母の友という1つの雑誌の休刊だが問いかけてくれる存在がまた1つ失われてしまったのかわからないが、母の友がなくなっても「あなたはどう生きていく?」という問いかけは続いていく。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月16日放送 5:50 - 9:00 日本テレビ
ZIP!エンタメ
石原さとみさんが登場したのは「ルルAプレミアム」の新CM発表会。長い歴史に合わせ、来年デビュー25周年をむかえる石原さんの歩みが秘蔵写真で紹介された。母親になった現在の生活について「朝の6時には、ママ~!っていう愛情表現の叫びがあるので起きます。(自分が)小さい頃に読んでいた絵本を今子どもが読んでます」などと話した。

2026年9月10日放送 20:58 - 21:54 テレビ東京
ナゼそこ?(ナゼそこ?)
奈良県の中央部に位置する標高470mの山で暮らす西岡秀華さん(35歳)を取材。松川一人さんが(63歳)が手伝っている。木曽馬・タカラ、道産子・タップ&シルクと暮らす。畑を耕し荷物を運ぶ農耕馬で日本の在来馬だという。大阪のアパレル企業に勤務していたが、29歳の時にワケあって奈良の山奥へ。6000坪の広大な敷地で3頭の馬と一緒に暮らす。移住した理由や驚きを計画を[…続きを読む]

2026年9月9日放送 15:10 - 16:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーンあの人に会いたい
歴史研究家の森重昭さんは広島の原爆でアメリカ兵の捕虜も亡くなった事実を独自の調査で明らかにした。長い年月をかけて身元を調べ上げ遺族との交流を続けた。2016年に広島を訪れたオバマ大統領と抱擁を交わし注目を集めた。森さんは昭和12年広島市生まれ。8歳の時爆心地から約2.5キロの地点で登校中に被爆した。命をとりとめた森さんは国民学校へ避難したが、そこには死体が積[…続きを読む]

2026年8月6日放送 10:25 - 11:55 TBS
ひるおびNO WAR つなぐ、つながる
広島市に住む89歳の八幡照子さんは、81年前のきょう、爆心地から2.5キロの自宅で被爆した。当時8歳。3日後に学校でみた光景が目に焼き付いているという。広島の街には至るところで遺体を焼く煙が立ち上っていた。八幡さんが通っていた己斐国民学校でも約2000体が火葬された。80歳を前に世界を巡る被爆証言の旅に参加したことで自らの体験を語るようになった。自分の声で届[…続きを読む]

2026年8月5日放送 10:10 - 10:40 テレビ朝日
じゅん散歩初公開 上野公園一歩一会
高田純次は国立国会図書館国際子ども図書館を訪れた。1906年に完成した図書館で久留正道と真水英夫が設計したルネサンス様式。ニューベリー図書館がモデルでアーチ状の窓枠などが特徴。高田純次は世界を知るへやなどを見学した。

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