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「糸満(沖縄)」 のテレビ露出情報

5年前に火災で焼失した沖縄・首里城の下には、戦時中に旧日本軍が司令部を置いた地下壕がある。ここで79年前のきょう、5月22日、多くの住民の犠牲を出すことになったある決断が行われた。今回、内部の撮影が特別に許可された。今回、特別な許可を得て沖縄県と共同で地下壕の撮影を行った。地下13メートルほどの場所にトンネルが続く。壕を掘ったときのツルハシの跡。別の場所には、柱と見られる木材やくぎ。ビール瓶など至る所に人がいた痕跡が残されていた。第32軍司令部壕は、沖縄戦の戦闘指揮の中枢で、当時約1000人以上がいたとされている。壕は、首里城の地下を横切るように掘られ、全長は約1キロに及ぶ。地盤が固く高台にあることから、戦況に有利だとされ、この場所に構築された。
20万人もの犠牲を出した沖縄戦。住民の犠牲が拡大するきっかけとなった決断「南部撤退」が、この場所で行われたと見られている。第2次世界大戦末期、激しい戦闘が繰り広げられた沖縄戦。日本の戦況は悪化。本土決戦も間近といわれる中、日本軍は米国軍を少しでも長く沖縄にとどめておきたいと考えていた。このため日本軍の幹部たちは、司令部をこの場所から南部へと移動させることで戦闘を継続しようとした。この作戦が戦火を逃れ、南部へと避難していた多くの住民を巻き込むことになった。
司令部の近くにあった自宅から、日本軍よりも前に南部に避難していた男性を取材。日本軍が南部に来たことで、戦況は日増しに悪化していったという。一緒に逃げていたのが、親代わりだった大叔母だった。昼夜を問わず攻撃に見舞われ逃げ惑う日々が続いた。こうした中、日本軍が南部撤退を決めた1か月後の6月22日。別の場所に避難しようと大叔母が壕の外に出た直後、銃撃戦のような音が聞こえ米国軍に取り囲まれた。その後、米国軍のトラックで収容所へ向かう途中、大叔母は男性のひざの上で息を引き取った。男性は「悔しいよ」と語った。地下壕の司令部で行われた南部撤退の決定。住民の犠牲は拡大し、その決定以降、亡くなった住民は少なくとも4万6000人に上った。沖縄県は、この司令部壕について、住民の命を軽視した沖縄戦の実相を伝える戦跡だとして、来年度から順次公開することを目指している。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年12月29日放送 7:00 - 7:15 NHK総合
ニュース(ニュース)
昭和20年8月15日に終戦を迎えた先の大戦で、沖縄では激しい地上戦が行われ20万人以上が犠牲になり、広島と長崎では原爆投下によって、その年だけで21万の命が失われた。戦後80年となる来年、天皇皇后両陛下は恒例行事の「国民文化祭」で、9月に長崎県を訪問する見通しで、関係者によると、滞在中に原爆の犠牲者の霊を慰められるという。また、戦没者の慰霊などのため、広島県[…続きを読む]

2024年6月24日放送 5:00 - 6:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本(ニュース)
平和の礎には、国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦で亡くなった人の名前が刻まれている。沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦で県民の4人に1人が命を落とした。ただ、沖縄には今も全国のおよそ7割の米国軍専用施設が集中し、自衛隊の新たな部隊の配備や強化も計画されている。那覇市では、ウクライナ支援の募金を呼びかける高校生たちの姿が。きっかけとなったのが、慰霊の日[…続きを読む]

2024年6月21日放送 23:30 - 23:40 NHK総合
時論公論(時論公論)
沖縄は明後日6月23日、太平洋戦争末期の沖縄戦から79年の慰霊の日を迎える。この1年で戦争体験を精力的に語ってきた人たちが、相次いで亡くなった。記憶の継承がより難しい課題になる中、新たな継承の形の模索が始まっている。沖縄戦では県民の4人に1人が命を落とした。慰霊の日に向けて沖縄では多くの学校が特設授業を行う。かつては戦争体験者を招くことが主だったが今ではほと[…続きを読む]

2024年6月19日放送 12:00 - 12:15 NHK総合
ニュース(ニュース)
沖縄県糸満市の平和の礎にこの1年で新たに申告があった戦没者の名前が刻まれた刻銘板が設置された。沖縄戦最後の激戦地、糸満市の平和祈念公園にある平和の礎には沖縄戦などで犠牲になった24万人を超える人たちの名前が刻まれている。追加されたのは181人で、沖縄へ向かう途中で米軍に撃沈された旧日本軍の戦艦大和の乗組員なども含まれている。

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