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「藤田嗣治」 のテレビ露出情報

次の依頼人は愛知県小牧市に住む小島孝さん(77)。広いリビングは人形や置物で溢れかえっている。なかでも「こけし」は5,000体あるという。中学生の頃、郷土玩具の面白さに目覚めて収集を開始。その後社会人になり、焼物・彫刻・絵画などにも手を広げ、現在コレクションは数万点に及ぶという。1階で座ってくつろげるのは積み上げたコレクションの間のスペース、わずか2か所だけ。室内がコレクションだらけになったのは、妻・みさ子さんが20年前に他界してから。みさ子さんは収集にも理解があり、整理整頓してくれていたという。今回のお宝は15年ほど前に地元の画廊で手に入れた「藤田嗣治の油絵」。購入金額は1,000万円だったという。おかっぱ頭にちょび髭・丸メガネ、奇抜な衣装を身にまとっておりついたあだ名は「Fou Fou(フーフー)」(フランス語でお調子者)。藤田嗣治は1920年代、芸術の都・パリで認められた最初の日本人画家。しかし27歳でフランスに渡るまで日本での画業は決して目覚ましいものではなかった。東京美術学校卒業後、文展に三度出展するも全て落選。藤田がフランスで注目されるようになったのは、パリでピカソやモディリアーニなどの新進気鋭の画家たちとの交流を通じて編み出した独自の色と表現方法。ベッドにゆったり横たわりまっすぐに正面を見据える女性。そのつるりとした真珠のような柔肌は「素晴らしき乳白色」と絶賛された。それ以上のパリの人々を驚嘆させたのが、細く美しい線。藤田は墨と油絵の具をなじませ日本画用の穂先の長い面相筆を用いて平面的かつ装飾的に描いて見せた。一躍時代の寵児となったが世界恐慌が怒り絵が売れなくなると、何の未練もなくパリを離れブラジル・アルゼンチン・ペルーなど南米の国々を歴訪。各地で土着の風俗に心を奪われ、そのエネルギーを貪欲に吸収するうちキャンバスで鮮やかな色彩が乱舞するようになった。1933年に日本に帰国してからは、北の大地に生きる人々の姿を20メートルの壁画に描くなど精力的に活動したが、第二次大戦後は再びフランスへ。藤田は60歳を過ぎた老境にあったが、絵筆を握る手を休めることはなかった。描いたのは愛してやまないパリの町並みや市井の人々。最も好んだのは無垢な子どもたち。69歳のときにフランスに帰化。その4年後にはカトリックに改宗する。洗礼名は敬愛してやまないレオナルド・ダ・ヴィンチにあやかり「レオナール」とした。そして自身の信仰のあつさを表すため宗教画に没頭していく。藤田が最晩年に描いた大作「礼拝」は、透き通るような白い肌の聖母に緊迫の服をまとった少女、聖母の傍らで祈りを捧げるのは藤田自身。その姿は絵画芸術を追求する求道者そのもの。依頼品は藤田嗣治の油絵。非常に小さく、大きさはハガキ2枚ほど。描かれているのは盲目のストリートミュージシャンらしき人物。サインに「1955」とあることから、藤田がパリに戻って市井の人々を描いていた頃の作品の可能性がある。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月19日放送 22:00 - 22:45 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト(映像の世紀 バタフライエフェクト)
1936年からのスペイン内戦では軍が反乱を起こして戦争になり、世界各国からジャーナリストが集まり、共和国政府を支持して戦場の事実を報道した。アーネスト・ヘミングウェイも戦場を駆け回ったという。ロバート・キャパも参加しており、スペイン内戦の取材中にヘミングウェイと初めて会ったという。そしてその後は数々の戦場で行動を共にしたという。
日本では日中戦争の真実を伝[…続きを読む]

2025年12月24日放送 15:49 - 18:00 TBS
Nスタ(ニュース)
120人もの画家になりきり約300点の贋作を描いたと話すドイツの画家ヴォルフガング・ベルトラッキ氏。日本人画家の藤田嗣治との接点が明らかになった。きょうのnews23で詳しく伝える。

2025年12月23日放送 23:30 - 0:26 TBS
news23(ニュース)
高知県立美術館が1800万円で購入したハインリヒ・カンペンドンクの作品として書かれた少女と白鳥。この作品が今年贋作だと判断された。また徳島県立近代美術館でも6720万円で贋作の自転車乗りが購入されていた。さらに山田養蜂場が所有する絵画にも贋作疑惑。この贋作騒動は世界を揺るがしていて、これらはすべてヴォルフガング・ベルトラッキによって描かれたもの。ベルリンの警[…続きを読む]

2025年10月28日放送 20:54 - 21:55 テレビ東京
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