- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 菅井友香 本村健太郎
オープニング映像が流れた。
今日のゲストは本村健太郎さん。1966年に佐賀県・佐賀市で誕生し、幼い頃から図書館の本の殆どを読破して神童と呼ばれた。中学時代は柔道に没頭し、高校時代には演劇部に所属して陪審制度を題材にした「12人の怒れる男」に出演したことで裁判にも興味を持つようになった。大学は東京大学文科一類に一発合格し、1年制の時にはテレビドラマの準主役で俳優デビューを果たした。3年生の時に法学部を選択し、在学中に司法試験にも合格している。卒業後は法律事務所に所属しつつ俳優業も継続し、ドラマ「法医学教室の事件ファイル」では主人公の部下役を23年に渡って演じてきた。その後2007年から行列のできる法律相談所にも出演し、マルチなジャンルで今日まで活躍している。また18年前には番組に出演し、中林梧竹の掛け軸を鑑定に出すも偽物で2000円だった。
ゲストの本村健太郎さんが持ち込んだお宝は「有田焼の花瓶」。本村さんの実家は米農家で、戦後の食糧難の時に米を譲る代わりにこの花瓶をもらったという。本院評価額は100万円で、結果は昭和初期の作品で10万円。
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広島市に住む元ゲームクリエイターの織田健司さんが持ち込んだお宝は42年前に抽選で当たった「ユニクロ 1号店のオープン記念Tシャツ」。ユニクロの起源は山口県・宇部市の商店街にあったメンズショップ小郡商事で、現ユニクロの代表取締役会長兼CEOの柳井正の父が戦後すぐに創業した。柳井は25歳の時の1974年にこの店を継ぎ、小さな店の主人で一生を終えたくないという思いで1984年に広島市にユニーククロージングウェアハウスをオープンさせた。倉庫のような店内に大量に仕入れたカジュアルウェア3万点を並べ、豊富な品ぞろえと安さを売りにした。また客が自由に服を選べるよう店員による接客を廃止し、こうした画期的な取り組みでオープン当日から入場制限がかかるほどの人気を得た。柳井はここから4年間で店舗数を15に増やし、さらなる利益拡大のため服のデザインを自社で行って海外の工場に発注して仕入れるという製造小売業に転換した。1998年には東京・原宿店がオープンし、この年の秋には破格の1900円のフリースを発売した。このフリースはこの年だけで200万枚を売り上げ、2000年には2600万枚という驚異的な売り上げを実現した。その後ユニクロは海外進出も行い、ヒートテックやエアリズムなど数々の人気商品を発売し続けている。
ユニクロ1号店のオープン記念Tシャツを鑑定。本人評価額は10万円。鑑定額は「50万円」。特筆すべきは、未使用のまま現存している点。近年ではオールドユニクロというジャンルで古いユニクロ製品が数万円で取引される例も出てきている。その中でも本品は頂点に位置する存在だという。企業として保管されていないというので、ユニクロあるいは柳井さん本人が欲しがっても不思議ではないという。
今回の舞台は、今年市政20周年の秋田県能代市。古くより天然秋田杉の産地として知られ、大正~昭和初期には木材加工で繁栄。東洋一の木都と称された。天然秋田杉の殿堂と呼ばれる旧料亭 金勇。大広間には樹齢260年余の秋田杉を使用した四畳半仕切り格天井がある。700万本の松からなる「風の松原」は、東北を代表する景勝地。面積は東京ドーム163個分と松林として日本最大。夏の風物詩といえば能代七夕。天空の不夜城と呼ばれる巨大な城郭型の灯籠が町を練り歩く。なかでも愛季(ちかすえ)は日本最大で高さ24.1m、重さ28tある。
85歳の鈴木さんは現役バリバリの内装職人。内装会社の社長職は10年ほど前、息子に譲ったものの今も毎日働いている。お宝は、大正~昭和にかけて活躍した日本画家・中村岳陵の掛け軸。箱書きには「胡瓜」とある。30年ほど前、ある旧家の内装工事を手掛け、後日代金6万5千円を請求したところ、その主は家の奥から沢山の掛け軸を持ってきて「代金のかわりに好きなものを持っていってくれ」と言い出した。実は大の骨董好きで自分の目利きを信じて選んだという。本人評価額は13万円。評価額は「25万円」。中村岳陵は文化勲章も受章している。おそらく昭和12年ごろの作品。
元高校球児の成田さんは、エースを務めた夏は県大会決勝戦に進出。8回まで1-0で勝ってたが、甲子園に行けると思った瞬間3点取られて負けたという。お宝は、南京赤絵の壺。焼き物の収集家だった祖父が残したもの。裏には50点ほど残されており、どれを応募するか何日も家族会議を繰り返し、最終的に高校生の長男が選んだ。ひとつ気がかりなのは、祖父は几帳面な性格で収集品を全て写真に撮り購入学まで記録していたが、これはその中になかったという。本人評価額は50万円。鑑定額は「120万円」。350年くらい前の中国の景徳鎮で作られた壺だという。縁の青い所だけが染付で、あとは真っ白い壺に全部上から絵が描いてある。中国で人気のある八仙人が描かれている。
相沢さんが持ち込んだお宝は、「田中一村の掛け軸」。数年前、一村の絵が表紙になった雑誌を偶然目にしたことをきっかけに、一村の虜に。掛け軸は、実家に昔からあったものだという。本人評価額は35万円。
大和さんが持ち込んだお宝は、「ナスカ文化とモチェ文化の土器」。モチェ文化の土器は、3年前、市内のショッピングモールで2万5000円で購入したという。ナスカ文化の土器は、Yahoo!オークションで3万円で購入したという。本人評価額は、30万円。鑑定結果は、200万円だった。古代アンデス文明の品物で、モチェ文化の土器は、ミミズクの鐙型土器で120万円。ナスカ文化の土器は、80万円。
佐々木さんが持ち込んだお宝は、「色絵の皿」3点。20年ほど前、母が仲良くしていた隣家のおばあさんからもらったものだという。おばあさんは、銀座の元ナンバーワンホステスで、店を辞めるときに、ママからこの皿を渡されたという。本人評価額は、30万円。鑑定結果は、3000円だった。明治時代の輸出用九谷焼だという。本来はソーサーで、カップがついていれば1つ3000円くらいにはなるという。
依頼人・中野さんの自宅には絵画が60点以上。ネットオークションで集めたという。依頼の品は高島野十郎の油絵。野十郎と親交があった画家の鑑定書がついているという。高島野十郎は画壇に属さず、家庭ももたず、絵が売れることさえ望まず、極貧の中に生きた孤高の画家。1890年、福岡県久留米市の裕福な造り酒屋に生まれ、中学の頃から絵に親しみ、美術学校への進学を夢見るも父の許しが得られず、東京帝国大学の水産学科に進学。在学中に描いたとされる自画像も残されている。学業は特待生に選ばれるほど優秀で主席で卒業。学者としての前途も嘱望されたが、安定した道を捨て、画家として生きることを決意した。60年に渡る画業の中でありふれた風景や静物を描き続けた。
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- けしパブロ・ピカソピエール=オーギュスト・ルノワールブルーミング中西マルク・シャガール三岸節子三鷹市美術ギャラリー傷を負った自画像川合玉堂日本写真保存センター有明の月東京帝国大学東郷青児牡丹花生駒郡(奈良)目黒区美術館福岡県立美術館藤田嗣治蝋燭谷文晁青木繁高島野十郎
生涯住処を転々と変えた末、千葉県柏市にアトリエを構えたのは70歳のとき。水道も電気もガスもなかったが、パラダイスと呼び、「晴耕雨描」の日々を過ごした。この頃好んで描いたのが「月」。野十郎は1975年に85歳で亡くなった。野十郎の名が世に知られたのは1980年のこと。福岡県で開催された郷土出身画家の展覧会に「すいれんの池」が出品され騒然となった。依頼品は高島野十郎の静物画。
お宝大募集!!のお知らせ。
ネットオークションで入手した高島野十郎の油絵を鑑定。本人評価額は200万円。結果は5000円。残念だが高島野十郎の作品ではないとのこと。本物だと1000万円はするなどと評された。
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