豊臣政権の新拠点は八幡山城だった。滋賀県のほぼ中央の近江八幡市。琵琶湖の東に築かれた。豊臣秀次が居城した。近江八幡観光物産協会の白石さんが案内する。八幡堀の風景も大切だ。観光スポットになっている。大手道には美しい竹林。270m続く。石垣が長く続く。400年を超えるときを刻む。この上に家臣たちの屋敷があった。麓には居住エリア、山頂には防衛拠点があった。ロープウェイの上がるのがいいとのこと。わずか4分。山頂の城は石垣要塞。本丸には瑞龍寺がある。秀次が菩提を弔うために建てた。秀次は秀吉の姉の子。秀吉の甥にあたる。四国攻めのときに手柄をあげ18歳で城主に。秀吉の後継者となった。突き出した区画がある。西の丸は琵琶湖が臨める。北の丸は織田信長の安土城が見えた。安土城より高い場所にある八幡山城。秀次は安土城下をそのまま八幡山城下に持ってきた。経済の振興がはかられた。琵琶湖を通る船は必ず八幡堀を通らなければならない。水運の大動脈となった。
