1983年開催の第7回大会で、18歳の若さで勝ち進んだ松本真代さん。実家が「和菓子屋金時」とのことで、福留が「金時真代」とあだ名をつけた。松本さんは最後の4人まで残っていたが、父が危篤の報があり、福留は帰るように促した。しかし松本さんは「私個人のことでクイズをやめて帰ることはしたくない」と返したという。番組側は日本にいる母親と話して決めようとなったその時、父が亡くなったという連絡が入った。それを伝えると、彼女はただただ泣いていた。母親からは「真代に最後まで頑張ってくれるように伝えて下さい」と話されたという。松本さんは続行を決断。準々決勝で無念の脱落となった。あれから43年。松本真代さんにお話を聞くことができた。松本さんは産経新聞の記者となり、現在は外国の方に日本語を教えているという。当時のことを振り返り「帰っていいよと言われ、即答できなかった。自分のことでいっぱいだった」などと話した。「冒険だったと思います、アメリカ横断ウルトラクイズの旅は。そこで出会いと御縁ができる。父が亡くなりましたが、お兄さんがたくさんできました。観るよりやるほうが楽しいと思います」などと挑戦者へメッセージを送った。
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