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「長崎県」 のテレビ露出情報

ロシア駐日大使に核兵器とはどんな存在なのかをインタビュー。ノズドリェフ大使は「戦後の歴史を振り返ると核抑止は軍事大国の直接衝突を回避し国際関係のバランスを維持する重要な役割を果たしてきたと個人的には思う。今の社会では国際摩擦がさらに激しいものとなり、こうした環境の中で核兵器は安全保障・戦略的安定性に大きな影響を与えるものとして機能していると思う」などと話した。また、ロシアの核抑止政策については、あくまで防衛主導型だとした。それを使うという決断をとるときには、ロシアの国としての存続を脅かす侵略などへの最終対応手段としか考えていないとした。その上で核兵器のない世界への道のりは、ないとは思わないとした。そのためには、すべての国が参加できるような安全保障体制が必要になると指摘。また、「もし日本が核兵器をもったら」と質問したところ、地域全体の安全保障にとっては大きなダメージとなると指摘。もし新しい核保有国が出れば自国の軍事政策の中で考慮に入れるべきとした。その上で日本の核保有には反対の立場を示した。「核兵器のない世界に近づけるか?」という質問に対し、大使は、可能か不可能かは別として努力すべきとの認識を示した。
イランのセアダット駐日大使は、去年8月9日、長崎原爆の日に平和祈念式典に参列し、原爆資料館を初めて訪れた。核開発を巡り、アメリカとイスラエルによる攻撃を受けたイラン。多数の民間人が死傷した。ホルムズ海峡の事実上の封鎖は世界的エネルギー価格の高騰を招いた。被爆者の願いとは裏腹に世界では今、核軍拡や核抑止力を強める動きが広がっている。フランスのマクロン大統領は、これからの半世紀は核兵器の時代だと述べた。長崎の被爆者たちは、核保有国の市民や若者たちと対話し核兵器廃絶の必要性を直接伝える新たな行動を始めている。6歳の時に長崎で被爆した本村さん。爆風から身を呈して守ってくれた祖母は7ヶ月後に50歳で亡くなった。おばやいとこも原爆の犠牲となった。憎しみの連鎖は戦争を生み、核兵器を生んだ。本村さんは無差別の殺人行為じゃないか、なぜ長崎なのかなどの思いがずっと80年間心の中にあるなどと明かしていた。
1941年12月7日。日本軍による真珠湾攻撃があり、アメリカ側の死者は民間人を含め約2400人。日本側の死者は60人あまりとされる。アメリカは「Remember PEARL HARBOR」を掲げて参戦。戦争は3年8か月に及び、日米合わせて300万人以上が犠牲となった。真珠湾攻撃の追悼式典に参列するにあたり、被爆者の本村さんは複雑な思いを抱えていた。朝長さんは、日米戦争はどう考えても日本の国策の間違えと思っているなどと話した。一方、本村さんは、犠牲者がたくさんいるというのはわかるが、日本人だって犠牲者はいるなどと複雑な思いを明かしていた。84年前の12月7日、旧日本軍は真珠湾を攻撃した。まもなく追悼式典が行われ、長崎から来た被爆者たちが参列する。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年8月8日放送 4:50 - 5:20 テレビ朝日
テレメンタリー2026テレメンタリー2026
長崎県に住む被爆者の片岡津代さんは、二度と誰も原爆の被害にはあってはならないと世界平和を訴える。しかし、世界では戦争が相次ぎ、各軍拡や、核抑止力を強める動きが加速している。フランスは3月に保有する核弾頭を増強し、抑止力を欧州に拡大。フィンランドは核持ち込み可能に法改正をした。ロシアに近接するリトアニアでは核兵器の国内配備を禁止する憲法を削除する手続きが進んで[…続きを読む]

2026年8月7日放送 23:10 - 23:40 テレビ朝日
熱闘甲子園(熱闘甲子園)
長崎日大3年の太田涼介選手の妹は、兄の応援ために吹奏楽部に入って未経験のクラリネットを始めた。1回戦第4試合で長崎日大は大正大淞南と対戦。2点リードで迎えた2回に、太田選手はタイムリースリーベースでさらに1点を追加。6点リードの6回に1点を返されるも長崎日大は15-1で勝利した。

2026年8月7日放送 22:45 - 23:45 NHK総合
時をかけるテレビ(オープニング)
1998年放送「NHKスペシャル 原爆投下 10秒の衝撃」を再放送。原爆爆発する瞬間から10秒の間に何が起きていたのかに迫るドキュメンタリー。スタジオゲストは日本被団協の田中煕巳さん、俳優でミュージシャンのコムアイさん。田中さんは長崎で被爆。ノーベル平和賞受賞の際、核廃絶を訴えるスピーチをした。コムアイは広島の被爆3世、様々な場で核廃絶を訴えている。

2026年8月7日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.(ニュース)
悠仁さまが平和記念公園の慰霊碑を初めて公的訪問され、供花された。小学1年生だった2013年には沖縄を訪れ戦没者の名前が刻まれた平和の礎をご覧になった。2016年には長崎で初めて原爆犠牲者の慰霊碑に拝礼された。広島には2018年に初めて訪問された。再び広島で犠牲者を悼まれた悠仁さまは、その後本川小学校平和資料館を訪問された。先ほど神石高原町に到着され、今日と明[…続きを読む]

2026年8月7日放送 15:42 - 19:00 フジテレビ
イット!(特集)
長崎への原爆投下からあさってで81年。佐藤美津紀さん(97)は当時16歳で、爆心地から約3kmの職場で仕事中に被爆。1945年8月9日にアメリカ軍が長崎に原爆を投下し、死者は約7万4000人。佐藤さんは「長崎は死の街だった」などと話し、当時の体験をいまはありのままに話すも、約80年もの間は被爆について積極的に語ることはなかった。しかし日本被団協がノーベル平和[…続きを読む]

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