TVでた蔵トップ>> キーワード

「養徳院」 のテレビ露出情報

毎月6日に営まれる原爆供養。始まりは戦後間もない広島にあった。資料には2人の僧侶が始めた供養の記録が残されていた。國居道憲さんと吉川元晴さんを中心に被爆から5か月後の1946年1月、広島市戦災死没者供養塔を設立された。遺骨を収拾し供養するためだった。1946年5月、粗大供養塔が建立された。祈りの場は少しずつ形になっていった。7月には礼拝堂が完成し行き場のない遺骨あ納められていった。戦後の苦しい時代、人々は少しずつ寄せ施設の実りを手向けた。月命日の供養は1945年10月に始まった。毎月6日、法話を続けることを決める。現在の原爆供養塔が完成した翌年1956年12月、吉川元晴さんが急逝した。翌月、信晴さんが初めて父に代わって月供養を始める。多くの人が訪れた。多いときには30人近くが参列したという。その後、参列者は少なくなり吉川住職ただ1人で続ける月もあった。渡部さんは1999年から月命日の供養を支えてきた。吉川住職はこの場所を訪れる。

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.