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「首里(沖縄)」 のテレビ露出情報

琉球史研究家・賀数仁然さんと取材。八重瀬町へ。「唐人そば」を紹介。沖縄のそばの始まりは明治時代。当時中国で食べられていたしょうゆ味の麺がルーツといわれている。県内の食品会社が調査した明治、大正ごろの「沖縄そばに関する調査報告書」には、職人たちが腕を競った記録が記されていた。1944年10月10日の大規模な空襲、地上戦が沖縄を襲った。那覇の9割が焼かれ、そば屋もすべてなくなった。今に残る沖縄そばを復活させたのは、戦禍を生き抜いた女性たち。戦後、女性たちは稼ぎを得るため食堂を開いた。米国軍からの配給で手に入れた小麦粉を使い、それぞれの家庭のだしで作ったのが“そば”だった。戦後すぐに開業したさくら屋。さくら屋店主・新里ツルさんのそばが母の味として多くの人に愛された。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年1月12日放送 18:00 - 18:55 日本テレビ
真相報道バンキシャ!NNN戦後80年プロジェクト いまを、戦前にさせない
いまから80年前、米国軍に撃沈され、乗っていた1000人を超える15歳以下の子どもたちが犠牲となった「対馬丸」。桝太一が、対馬丸が攻撃される瞬間を別の船から見ていた方を取材。何が生と死を分けたのか。自身の体験と思いをカメラの前で初めて語った。那覇市首里で暮らす89歳の源河圭一郎さんはあの日、海に沈んでいく対馬丸を、別の船から見ていたという。沖縄に戦火が迫って[…続きを読む]

2025年1月9日放送 13:05 - 13:55 NHK総合
列島ニュース沖縄局 昼のニュース
去年10月から発行が始まったパンフレット「昔おきなわ風景探索」は、県の公文書館が保存している8万枚以上の写真の中から場所や年代を調べて、地域ごとにまとめたもの。これまでのパンフレットでは、那覇市や南風原町など県内6か所の風景の移り変わりが、写真や地図を見比べてわかるようになっている。このうち現在、沖縄県庁がある場所を1945年に撮影した写真では、焦土と化した[…続きを読む]

2024年6月23日放送 0:40 - 1:25 NHK総合
北海道スペシャル(北海道スペシャル)
沖縄で戦死した北海道兵の名簿がある。南方の要衝が次々に陥落し寒冷地で訓練を受けてきた部隊が亜熱帯の島に送られることになった。沖縄で対峙することになった米軍はあまりに強大だった。米軍は瞬く間に北部を制圧し24師団に最前線への転戦命令が下った。600人以上の北海道兵が亡くなった。佐藤さんは91歳で亡くなるまで沖縄戦を戦った友人との写真を手元に置き続けた。生きて帰[…続きを読む]

2024年6月22日放送 17:30 - 18:50 TBS
報道特集(特集)
沖縄戦が始まる直前、新聞には「南西諸島」の文字。社説は、敵がい心をあおった。そして今、南西諸島には自衛隊の配備が急速に進む。与那国町長は「全国民がいつでも日本国の平和を脅かす国家に対しては、一戦を交える覚悟が今問われているのではないだろうか」と述べた。与那国島ではおととし、米国との共同訓練に絡む戦闘車が公道を走った。石垣島や宮古島と同じようにミサイル部隊の配[…続きを読む]

2024年6月21日放送 21:54 - 23:10 テレビ朝日
報道ステーション(ニュース)
1945年5月22日、第32軍は米軍が首里に迫ってきたため多くの住民が避難していた南部への撤退を決めた。逃げた先にいた住民などが戦闘に巻き込まれ、沖縄戦で亡くなった人の半数が犠牲になったと言われている。瀬名波さんは「南部撤退がなければ何万もの住民を犠牲にしないでよかった」などと話した。いわば第32軍司令部壕は沖縄戦の悲劇の始まりの地。多くの住民を戦禍に巻き込[…続きを読む]

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