日本と台湾、異なる文化ですれ違う工員たちだったが、お互いが相手の立場を考えるようにつとめた。またカラオケや飲み会などを通じて親しくなり現場の雰囲気も良くなった。こうしてプロジェクトは軌道に乗りはじめた。しかし残業などで工員に疲れが見え、議論を交わした上で早くノルマを達成すれば早く帰れるやり終いを導入した。このやり終いの導入で工員の技術の習得スピードが上がった。そして日本人が担当していた精密仕上げも台湾の工員に任せられるようになった。こうして前代未聞の難工事を磯畑に託した渡邊は、現場を歩き日本と台湾が協力して敷設したレールを見て込み上げるものがあった。
