スピードスケート高木美帆さんが先ほど引退会見を行った。高木さんは「自分の競技に対する復活したいなという気持ちは今のところない」、「きょう靴持ってきてるんですけど、この靴に足を入れた旬感の“あの感じ”をもう味わうことはできないんだということを思うと、本当に現役を引退したんだなという実感が湧くときとかはありますね」などと話した。高木美帆選手は五輪で日本女子史上最多10個のメダルを獲得するなど数々の異名を氷の上に刻んできた。しかし、その道程は平坦なものではなかった。北海道・幕別町に生まれ、スケートを始めたのは5歳の頃。中学3年生のときには将来を担う逸材として、注目を集める存在に。2010年スーパー中学生として史上最年少で出場したバンクーバー五輪では、世界の壁を痛感。4年後ソチ五輪ででのリベンジを誓ったものの、代表に選ばれたのは姉の高木菜那選手で、高木美帆選手の名前を呼ばれることはなかった。2018年平昌五輪から伝説が始まる。金銀銅を獲得。さらに4年前の北京五輪では日本人選手史上初となる冬季1大会4個のメダルを獲得した。ミラノ・コルティナ五輪では3度の表彰台にのぼり、通算のメダル数は日本女子最多となる10個となった。ともに冬季オリンピックを戦ってきたスノーボードの平野歩夢選手がサプライズで登場し、花束を渡す場面も。引退理由について、高木美帆選手は「自分が求めるアスリート像になりきれてないなと感じる時間が増えていく中で、自分が憧れたアスリート像をこの先4年間全うすることは1年間も含めて厳しいのかなとなったときに、そこを超えてまでまた頑張りたいという気持ちがない…と順を追って考えていってタイミングで引退することを決断したというより受け入れたという感じ」と話した。またスピードスケートはやりきれたかと聞かれ、「アスリートとしてスピードスケートに挑むということに終わりは存在するのか考えたことがあって、思い残したことはないというふうに清々しい気持ちでいるかと言われると、やっぱり特にミラノの1500mの結果に対しては自分の気持ちを開放して振り返ることができない現状があったりするので、まだ自分の気持ちがしんどいな思うときもあるので、見ないようにしてるところもあったりという心情ではありますね」などと話した。妹の菜那さんは「ファンの方々に一言お願いします」と質問。高木美帆選手は「本当にSNSなんかを通してたくさんのメッセージを頂いて、可能な限り一つ一つを読ませて頂きました。今は色々SNSが難しい時代になってる中で温かいものが生まれたというものにありがたい気持ちと誇りに思う気持ちと感謝の気持ちがあります。改めてありがとうございます」と答えた。
