島根県のポツンと一軒家を訊ね、主の智子さんに話を聞いた。母屋は築二百年ほどで、元々茅葺きだった。敷地には百年前に建立された愛宕様があり、智子さんは朝晩に欠かさず拝礼している。智子さんは三姉妹の末っ子で、両親は田んぼと畑をしていた。ミツマタを育て、造幣局に出荷をしていた。かつて集落には学校があり、智子さんは最後の分校の生徒だった。5年生からは片道8キロかけて本校に通った。その後看護師をしていた智子さんは20歳で結婚し3人の娘を産んだが、27歳で夫を亡くして実家に帰った。孫の送り迎えをしてくれた亡き父には恩があり、だからこそ家を離れられないと語った。
