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「齋藤秀雄」 のテレビ露出情報

2023年9月2日。長野県松本市で年に一度開催される音楽祭。世界中から一流の演奏家たちが集う一期一会の音楽を奏でる。88歳の誕生日を迎えたばかりの小澤征爾さん。この音楽祭を創設し30年以上にわたって総監督を務めてきた。ライフワークとして情熱を注ぎ続けてきたステージ。音楽に命を燃やし続けた。世界の檜舞台で東洋人初となる偉業を次々と成し遂げてきた小澤征爾さん。ウィーンやベルリンなどクラシック音楽の本場で披露した熱演の数々は多くの聴衆を魅了しました。その活躍は自らに課した挑戦でもあった。小澤さんは過去の映像で「僕は実験だと思っている」などと語っていた。1935年、小澤征爾さんは旧満州(今の中国東北部)で生まれた。10歳でピアノを始め、いつしかピアニストを夢見るようになっていた。しかし中学でのめり込んだラグビーで両手の人差し指を骨折。ピアニストへの夢を断念し指揮者を志す。桐朋学園に進学した小澤さんは教育者としても名高い音楽家・齋藤秀雄のもとで指揮を学び始める。世界で初めて指揮の技術を体系化した齋藤メソッド。齋藤秀雄はこのメソッドで小澤さんを厳しく鍛え上げた。たたき、しゃくいなど、体の動きの法則で音楽を表す。さらに齋藤は楽譜の読み方にも独自の教えを徹底する。作曲家が書き綴った音楽の仕組みに目を向けさせた。齋藤秀雄に師事したバイオリン奏者・徳永二男さん、小澤さんの指揮には楽員の心を瞬時に捉えてしまう秘密があるという。徳永さんは「小澤さんは一人一人全部と目を合わせる。目を合わすことで調整できるんですね。三配りとしょっちゅう言われた、気配り・心配り・目配り」などと語った。100人を超える楽員一人一人と目を合わせ心を通わせる。音だけではなく心を合わせて演奏することを大切にした恩師の教えが繊細な音楽を紡ぎ出していた。小澤さんは恩師の意思を継ぎ弟子たちによるオーケストラを創設する。サイトウ・キネン・オーケストラ、小澤さんの呼びかけで世界中で活躍していた教え子たちが集まった。師の教えを体現した逸し乱れぬ緻密な演奏。その音楽性はヨーロッパの主要都市で絶賛を浴びた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年6月26日放送 16:05 - 17:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーン蔵出しセレクション
世界的指揮者・小澤征爾さん(2024年88歳没)の人生を振り返る。指揮棒を使わずオーケストラを導く姿は多くの観客を魅了した。小澤さんは昭和10年に現在の中国東北部で生まれた。5歳で日本に帰国しピアニストを夢見ていたが中学でラグビーに熱中し指にケガをしてしまう。そこで指揮者を目指すようになったという。23歳で貨物船でフランスへ出発し半年後にはブザンソン国際指揮[…続きを読む]

2024年6月15日放送 5:40 - 5:50 NHK総合
NHK映像ファイル あの人に会いたい(NHK映像ファイル あの人に会いたい)
小澤征爾は昭和10年中国東北部生まれで歯科医だった父のもと三男として育った。5歳で帰国し小学生の頃ピアノを始めピアニストを夢見ていた。しかし、中学でラグビーに熱中指を骨折した。その後齋藤秀雄から学ぶため桐朋学園の音楽科に進学。短大に進学しアメリカのオーケストラの来日公演を聴いて衝撃を受けた。23歳のときフランスへ出発し半年後にはブザンソン国際指揮者コンクール[…続きを読む]

2024年3月17日放送 13:50 - 15:00 NHK総合
終わりのない実験〜「世界のオザワ」が追い求めた音楽〜(終わりのない実験〜「世界のオザワ」が追い求めた音楽〜)
音楽により深い色や味わいを求め、演奏者全員に自由を与えながら思い描くイメージにいざなう。小澤さんは「音楽はちょっとでもリズムがずれるとダメ。音程もちょっと低くてもダメ。子供の時から教育を受けているから、それを壊したら大変だと思ってやっている。ところがある時になると、自然に自分の身に入っていると思う。若いときは恐れの方が大きかったけど、年を取ると自信が出たとい[…続きを読む]

2024年3月14日放送 4:00 - 4:10 NHK総合
視点・論点(視点・論点)
今年2月、指揮者の小澤征爾さんが亡くなった。小澤さんの弟弟子である秋山和慶さんに話を聞く。秋山さんと小澤さんの出会いのきっかけは、秋山さんが中学生の頃に小澤さんが指揮をした桐朋学園のオーケストラを聴いたこと。秋山さんは感銘を受け終演後に小澤さんを訪ねたという。すると、小澤さんは師匠の齋藤秀雄さんに引き合わせてくれたという。齋藤さんの没後10年には秋山さんは小[…続きを読む]

2024年2月26日放送 5:00 - 6:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本NEWS WEB チェック
小澤征爾さんは式台で演奏家とアイコンタクトを取るが、眼力の凄さから若手は畏怖したという。また、小沢さんと演奏家との間で阿吽の呼吸が生まれていった。小澤さんの没後、猶井正幸さんは心に大きな穴があいたと振り返り、「小澤さんさんが亡くなっても、小澤さんの音は失われていない」と話し、若い演奏家に伝えていきたいという。

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