沖縄県名護市の我部祖河食堂は沖縄そばの老舗。厨房に立つのは金城文子さん98歳。戦後、夫の源治さんと共に生まれ育った集落で店を始めてから今年で58年。地元の人や観光客に長年親しまれてきた。1945年沖縄戦当時、文子さんは18歳で両親を支えるため島に残ることを決意する。4月にアメリカ軍が名護に侵攻し、戦火はすぐ側に迫っていた。山中に身を隠した住民達は飢えと恐怖の中、過酷な避難生活を押し入られる。女性たちは次々と暴行され、命が奪われることさえあった。アメリカ軍も被害を把握し、兵士と住民との接触を制限する命令を出すが、被害は後を絶たなかった。戦後、食を通して人々を笑顔にする仕事を選んだ文子さんは、80年前の出来事を繰り返してはならないと今回始めて公に証言した。