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「NHKニュース」 のテレビ露出情報

脚本家・内館牧子は恋愛や生き方に悩む女性たちの本音を生き生きと描いた。下町に住む相撲好きの女性が主人公の代表作「ひらり」。最高平均視聴率42.9%を記録する大ヒットとなった。シングルマザーが奮闘する日々を描いた「私の青空」。内館さんは昭和23年、秋田県で生まれて正確は内気で幼稚園ではいじめられっ子であった。憧れたのは横綱・鏡里でラジオの大相撲中継を聞きながら空想にふけっていた。大学卒業後は大手メーカーに入社し、当時の職場を訪ねる映像が残されている。内館さんは社内報作りなどの広報に携わった。給湯室は女性たちの本音が飛び交う憩いの場であった。重要なポストは任せてもらえず、アフター5をひたすら習い事に費やしたという。そうした中、目にしたシナリオ学校の生徒募集の広告。翌日には入学手続きをしていた。仕事の合間をぬって書き続けた脚本は50本にも及んだ。やがて雑誌の新人賞にペンネームで応募し入選した。これをきっかけに放送局主催の勉強会に参加。そして35歳を前に退職を決意し、何の保証もない脚本家への道に人生をかけた。その後は学園ドラマ「中学生日記」などを執筆していった内館さん。連続テレビ小説「ひらり」で脚本家として大きな飛躍をとげた。相撲部屋専属の栄養士になる夢を持ち四人禁制の壁に立ち向かう明るく行動力のあるひらりとまじめな会社員である姉のみのり。対照的な性格の姉妹はどちらも内館さんの分身だという。視聴者からはみのりへの共感の声が多く寄せられた。さらに時代劇にも挑戦し、大河ドラマ「毛利元就」では戦国時代の女性を現代的な視点で描いた。平成12年、大の相撲好きが高じて内館さんは女性初の横綱審議委員に就任して大学相撲部の監督も務めた。大切にしたのは勝負だけでなく、生きる姿勢であった。60歳を過ぎると高齢者をテーマにした小説で人気を集めた。「終わった人」ではエリート銀行員の定年後の生きがい探しをユーモアを交えて描き、ベストセラーになった。内館牧子さんは様々な悩みを抱える人々を繊細に描き、人生にエールを送り続けた77年の生涯であった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年7月11日放送 5:40 - 5:50 NHK総合
NHK映像ファイル あの人に会いたい(NHK映像ファイル あの人に会いたい)
石工の左野勝司はイースター島で倒れていたモアイ像の立て直しや高松塚古墳の石室解体など、国内外の石造りの文化財の保存や修復に尽力した。左野さんは昭和18年、和歌山県生まれで父は石を切り出し細工を施す石工であった。石工の修行を始め、およそ半年間世界の現場を巡り飛び入りで働いたこともあった。その後は奈良市で石材店を創業し、文化財の修復や運搬に携わるようになった。昭[…続きを読む]

2026年7月5日放送 10:35 - 11:00 NHK総合
どーも、NHK(どーも、NHK)
NHKではドローンを使って生中継を行うためのLIVEドローン研修を毎年実施。どーもくんが研修の様子をリポート。全国の放送局から5人のカメラマンが参加した。生中継をおこなう上で知っておくべきルールや安全管理の考えかたについて学んだ。1991年の雲仙普賢岳の災害を受けNHKでは無人航空機を使った撮影技術の開発を加速させた。2日目は2人1組でドローンを使った撮影の[…続きを読む]

2026年6月21日放送 4:30 - 4:57 NHK総合
【NHK地域局発】(かんさい熱視線)
松竹座で、片岡愛之助らが稽古を行った。片岡愛之助は1981年に初舞台を踏み、片岡秀太郎の養子となった。片岡愛之助が、松竹座は自分を育ててくれたところだと語った。
人間国宝の片岡仁左衛門が、菅原伝授手習鑑 寺子屋を演じた。片岡仁左衛門に、三條雅幸アナウンサーがインタビュー。片岡仁左衛門が松竹座の閉館について、複雑な心境だと語った。道頓堀は、400年続く芝居町[…続きを読む]

2026年6月10日放送 16:05 - 17:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーンあの人に会いたい
今回はエッセイストの海老名香葉子さんを特集。初代・林家三平の妻で夫亡きあとも女将さんとして林家一門を支えたという。2人の息子も落語家として活躍している。また自身の戦争体験を元にしたエッセイを通して平和を訴え続けたという。海老名香葉子さんは釣り竿職人の娘として誕生し、空襲が激しくなると疎開し、心の支えは両親からの手紙だったという。海老名香葉子さんは東京大空襲で[…続きを読む]

2026年6月7日放送 22:50 - 23:00 NHK総合
10分で巡るふるさとの鉄道中国編
岡山県から鳥取県までを結ぶJR伯備線。山に接する箇所では落石への対策が必要で、かつては路線パトロール班などが対応にあたっていた。岡山の旧布原信号場周辺は急勾配で貨物列車にとって難所。牽引に3両の機関車を要した。昭和48年に引退。

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