池見はマルハニチロの時代、本社に呼び戻された。その理由は経営統合されてもマルハとニチロでそれぞれ溝ができていた。経営統合して6年以上経過しているのにもかかわらず子会社や関連会社の多くは以前の社名を使い続けていた。さらにマルハ側は主力商品にマルハだけのロゴを使い続け、ニチロはあけぼのという古いブランド名を外すことはなかった。統合の相乗効果を生み出すには程遠い状況だった。池見はマルハに入社した理由には海外勤務がしたかったが、その意見がすんなり受け入れられたと答えた。海外勤務は幸せだったというが、急に呼び戻されて経営企画部長に就任し戸惑いがあったと答えた。当時の社内の状況については、ケンカしているわけではないが、違うやり方で続いているのが残っていたという。互いの強い所を生かそうというコンセプトだったので、仕事まで別々になっていたと答えた。また改革途中で社長の座を退いた池見。企業改革は始まったばかりだが社長業はやることが沢山あるために2人体制でやるべきと会長になったと答えた。
