新美の巨人たち (シリーズ“美しきニッポンの駅”(2)重要文化財「門司港駅」)
1942(昭和17)年に下関駅と大里駅を結ぶ海底トンネルが開通し、本州と九州が鉄道で結ばれた。大里駅を門司駅に、それまでの門司駅を門司港駅に名前を変えた。1958年に関門国道トンネルが開通、1964年に関門連絡船が廃止、1973年に関門橋、1975年に新幹線の新関門トンネルが開通した。交通の導線から外れた門司港駅は利用客が減少し、駅舎は老朽化が進んだ。田中卓志が門司港レトロハイマート(1999年、黒川紀章設計)を訪れると街を一望できた。1988年に国が門司港駅を駅舎初の重要文化財に指定したことで街のピンチが救われた。大正時代の壮麗な駅舎が現役で使用されていることが評価された。駅舎の建設から75年目のことだった。