NHKスペシャル (NHKスペシャル)
東京大学大学院工学研究科の松尾豊教授はAI研究の第一人者として知られ、研究室では日々、最新のAI研究をどう社会に実装するか議論している。また、教授は起業支援にも力を入れているほか、20以上の講座は東大生以外でも受講できる。これまでに30社近くが起業し、一部が上場も果たしている。日本が世界第2位の経済大国だった頃、与えられた目標を効率的に達成できる人材が求められた。バブル崩壊まで日本企業が世界の時価総額ランキングで上位を占めていたが、アメリカの大手IT企業に取って代わられた。スタンフォード大学では学生たちが続々と起業し、周辺にはそうした企業が集まり、シリコンバレーと呼ばれる。イノベーションを起こす起業家を生み出すには大学と社会が一緒になって支援する仕組みがあるという。
松尾氏のもと、若い起業家が専属のコンサルタント、起業の経験者に経営上の悩みなどを相談できるなど、起業のハードルを低くする体制を構築した。同氏の研究室から起業した1人が大学院生の千葉駿介さん。閉塞した日本経済への危機感から、「僕らの世代で何か違うことをやらないと駄目なんじゃないか」、「新しく何かをつくるという選択肢のほうがおもしろいかな」と話す。東京大学構内の一角にはマーケットデザインセンターがあり、社会の仕組みを変えることを掲げる。センター長を務める小島武仁教授の専門はマッチング理論。ノーベル経済学賞に輝いたアルビン・ロス教授とともに研究してきた。日本では社員本人の意向を考慮しない人材配置が横行し、仕事の満足度は国際的にみても低い。小島教授はアルゴリズムでより良い人材配置に繋げようとしていて、新卒の配属に取り入れる企業、自治体も出ている。その1つがつくば市役所。新人は各部署の業務内容を見極め、希望先を16番目まで提出する。部署側は新人の自己PRなどを見て、順位付けした。配属から半年後に行われた調査では満足度が向上。
就職を希望する高校生が一定期間内に学校の推薦で応募できるのは1社のみ。だが、入社しても半年以内の離職率は9.4%、3年以内だと38.4%にのぼる。小島教授らは規制改革などを担当する内閣府を訪問し、一人一社制の見直しを提言した。松尾教授は先月、AIや起業の講義を行うため、マレーシア工科大学を訪ねた。マレーシアでは来年までにAIを使える人材を1万3000人以上育て、900のスタートアップを生み出すプロジェクトが進行していて、松尾教授は学部新設などスピーディーな環境変化に舌を巻いた。
2019年、高等専門学校を対象としたAIビジネスコンテストが行われ、武智大河さんはAIが送電線の異常を自動検知するロボットを開発し、準優勝に輝いた。松尾教授の支援もあり、のちに香川で起業。だが、IT技術者は東京に集中し、地方での人材獲得の難しさに直面していた。武智さんは上京し、採用の説明会を開いた。松尾教授が訪問した一般社団法人ではヤンキーインターンという取り組みを進め、中卒、高卒の若者に営業、プログラミングを学ぶ機会を提供している。ヤンキーインターンの卒業生で、ソフトエンジニアの町田連さんは松尾教授から研究室への参加を誘われた。松尾教授は多様な人材が集まることで、新たなイノベーションにつながると考える。
千葉駿介さんらが開発した生成AIサービスが世界的なIT大手の目にとまり、連携して販売していくことになった。武智大河さんは知人に声をかけたところ、4月から入社を希望する人と巡り合った。町田連さんは研究室にインターンとして参加することが決定。松尾教授は「今年より来年、来年より再来年、何倍か大きくなっている。これをひたすら繰り返すということを続けていくと、きちんとした影響を与えられるようになっていくんじゃないか」と語った。