首都圏ネットワーク 大空襲80年
東京大空襲に9歳の時に遭った井上光子さんは自身の経験を初めて文書に記し、遂行しスタッフに送ってくれた。5枚の便箋の中には弟を背負い交番に逃げ込んだや母は子どもの無事を見て涙したなど書かれていた。空襲に遭った人たちが亡くなっていくなか、最後の機会と思い筆を取ってくれたという。井上さんは80年前の東京の中でこういう状況があったということを忘れないでほしいなど述べた。
今回母親の記憶を継承したいという声を寄せてくれたのは徳田弘毅さん。徳田さんの母親は妊娠中に空襲に遭い、その1か月後に出産し去年100歳で死去した。遺品の中には母の手記が残されており30年前に同窓会に寄稿した。手記には東京大空襲のことが記載されており、助けを呼ぶ声などから生き地獄のような風景だったなど書かれていた。徳田さんはは頬矢野経験を子どもや孫に伝えていきたいと考えており、読みやすいように書き直しそれをNHKに送ってくれた。