人生最高レストラン 今夜のごちそう様 前田敦子
幼い頃は内気だった前田。芸能界への憧れは持っていて、野球がうまいことで有名だった同級生の島袋くんを尊敬し悔しさを感じていた。渋谷でスカウトされ、2年経った14歳のころに新グループのオーディションを受ける。オーディションは失敗続きだったが合格。05年、AKB48の1期生として加入。メジャーデビュー曲でセンターに抜擢されたが、「センターはやりたくない」と戸惑い続けていた。センターをやめることを申し出たところメンバー同士で揉めあいになり、総選挙の制度が誕生。
AKB48で当初はセンターを務めるのが嫌だった前田。目立つのは嫌だが負けず嫌いな性格で、次第にしっかり争えるようになった。総選挙など通じてグループの活気が溢れていき、まとめ役は高橋みなみ。前田が「この曲わかるからイイ」「逃げてもごまかせる」とリハーサルに参加せず怒られたことも。芸能界を目指したきっかけである島袋くんを超えたと確信できたのはシングルで1位を獲得したとき。
