軍都80年〜ものづくりと防衛産業〜

2025年8月23日放送 4:51 - 5:02 テレビ朝日
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今回は軍都80年〜ものづくりと防衛産業〜をお届け。名古屋はもともと軍需工業都市になったはその都市は空襲の標的になり多くの犠牲者を出した。防衛産業が新たな選択肢となり始めている。日本銀行本店には戦時中の軍事産業がどのように拡大していったのか、極秘資料が保管されている。資料の一つには名古屋の地図があり、市販の地図に薄紙を重ねることで極秘の地図が浮かび上がり、赤字で書かれているのは当時の軍事工場。日銀名古屋支店が極秘とされていた軍事工場の位置を本店に報告するために作ったもの。軍事工場の一つの愛知時計電機は1989年に誕生した。大正時代に海軍向けの軍用機の製造を行った。太平洋戦争海戦の前に愛知時計は海軍の管理下におかれた。もともと名古屋を中心とする経済圏は、民間の機械工業や、繊維産業が盛んだったが当時軍事転換するために日銀などを通じた融資を行った。そのリストには愛知時計とその系列会社だけをみても1年間で少なくとも5回、4600万円が融資された。現在の価値にして200億円に相当するという。
愛知時計は名古屋市熱田区にある。毎年6月9日には敷地の1角で慰霊祭が行われているが、愛知時計を狙った熱田空襲で多くの犠牲者が出た。アメリカ軍は名古屋への空襲を開始。1945年に6月9日に熱田空襲が発生。愛知時計電機に爆弾265トンが投下されて2068人が死亡した。伊藤米子さんは3歳上の姉を亡くした。米子さんの姉の照子さんは14歳で亡くなった。照子さんは防空訓練で習った姿勢のまま、遺体で発見されたという。名古屋への空襲では、愛知時計以外にも複数の軍事工場が標的になった。中でも航空機のエンジンを製造する三菱発動機 大幸工場では合計7回爆撃をうけている。アメリカ軍が名古屋へ爆撃に使用した地図では、黒く塗られた部分が軍事関連施設。建物の配置までわかっていた。軍事工場の爆撃には焼夷弾ではなく破壊力の強い爆弾が使用された。熱田空襲の翌日では米子さんは姉の照子さんを探しにきて犠牲になった人の多くの遺体をみたという。空襲から80年、愛知時計電機は現在、水道メーターなどを製造している。空襲の犠牲者を悼む行事を毎年非公開で行っている。その近くにある名古屋国際会議場ではある展示会が開催。


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