真相報道バンキシャ! NNN いのちを守るプロジェクト あす大災害だとしたら?
東日本大震災から15年。宮城・南三陸町では死者620人、行方不明211人。ベイサイドアリーナで一時1500人が避難生活を送った。1階のメインアリーナは物資置き場、多目的ホールは遺体安置所となり、通路や2階のラウンジなどが避難者たちの生活スペースとなった。町役場は津波に襲われ、当時職員だった高橋一清さんは多くの同僚を亡くした。ベイサイドアリーナで避難所の運営をすることになり、まず食事隊、救護隊など避難者の役割分担を決めた。医師の西澤匡史さんは役割を持つことで避難者が前向きな気持ちになれたと話した。家族で避難していた行場博文さんは、重機で穴を掘り水を使わないトイレを作った。1ヶ月後に電気が復旧。2ヶ月後にベイサイドアリーナは避難所としての役割を終えた。高橋さんは、最後は人間同士の支え合いで生きていくしかないと話した。
