2026年1月7日放送 1:40 - 2:26 NHK総合

【地域局発】
Music Tree 冨田恵一〜旭川出身・稀代のポップマエストロ〜

出演者
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(オープニング)
Music Tree 冨田恵一

MISIA「Everything」、キリンジ「エイリアンズ」は同じ年に冨田恵一が手掛けた。アーティスト・冨田ラボとしても多くのボーカリストと楽曲を制作してきた。冨田が送り出すヒット曲の秘密は複雑で美しいコードと自ら楽器を演奏するこだわり。世代を超えて響くサウンドをプロデュースする冨田恵一の根っこは故郷の旭川にある。音楽家の半生をなぞらえた1本の木。その根から成長し花開くまでを貴重な映像で紐解く。

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EverythingimaseMISIASTARSエイプリルフール feat. 坂本真綾エイベックス・エンタテインメントエイリアンズキリンジスリングショットソニー・ミュージックレーベルズティファニーで朝食をムーン・リバーユニバーサル ミュージックワーナーミュージック・ジャパン与田春生中島美嘉冨田ラボ冨田恵一坂本真綾堀込泰行塚原孝顕大瀧詠一文通旭川(北海道)松任谷由実松本隆眠りの森feat.ハナレグミ細野晴臣鈴木慶一音楽ナタリー
(Music Tree 冨田恵一)
全てを作る地下室 冨田ラボスタジオ

冨田恵一の音楽は自宅地下に構えた冨田ラボスタジオから生まれる。冨田は様々な楽器の演奏を自ら行うのがポリシーで、このスタジオにミュージシャンを招くことはほとんどない。頭の中には理想の音が明確に響いている。

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冨田恵一
理想の音の実現のために

冨田恵一の音へのこだわりは共演するミュージシャンをも巻き込む。通常、ミュージシャンに渡すのは自らアレンジした曲の楽譜のみだが、冨田はデモ音源も作って渡している。そのデモは驚くほどの緻密さで、特にドラムはプロドラマーも度肝を抜かれたと語る。

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BS-TBS(ビーエスティービーエス)EverythingMISIASound Inn ”S” 音楽のじかんソニー・ミュージックレーベルズ冨田恵一赤坂(東京)
自作のドラムシステム

高度かつ人が叩いたように自然なドラムシステムの原型を、冨田は世界に先駆け1997年に考案した。1000通り以上の叩き方は、冨田が実際に叩いて録音したもの。1つのパートは8本のマイクで録音し、強弱や距離感を自然に再現。そして、1拍を960分割するシステムを使用し、人間が叩く音のズレも制御。このオリジナルの方法で30年近く曲を作り続けてきた。冨田は目指す理想について「心が震える、高揚する、興奮する。幼いころから自分がそういう経験をすごくしたから、自分の作るものに関してはなるべくたくさん含まれているような音楽を作っているつもり」と話す。

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冨田恵一
ルーツ ふるさと旭川で出会った響き

冨田の心震わせる音楽の源はふるさとの旭川にある。冨田恵一は1962年に旭川で生まれた。音楽との出会いは音楽教師をしていた母親のピアノ。その後、電子オルガンを習い始めた冨田は映画「ティファニーで朝食を」の劇中歌「ムーン・リバー」の複雑なコードの響きに魅せられた。この曲のレコードを買ってもらうとストリングスが入っていることに驚き、曲の印象は楽器や編曲で大きく変わると気づいた。その後、ラリー・カールトンのギターに衝撃を受け初めてギターを購入した。

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「ティファニーで朝食を」オリジナル・サウンドトラックオードリー・ヘプバーンゲームソニー・ミュージックレーベルズティファニーで朝食をヘンリー・マンシーニムーン・リバーラリー・カールトンレッツゴーヤング五輪真弓冨田恵一冨田恵子旭川(北海道)東京都
高校2年 はじめてのバンド

高校2年で組んだはじめてのバンド「335」では1曲をのぞいて全てラリー・カールトンを演奏していた。共にバンドを組んでいた石村さんは「冨田くんが全て楽譜を書いてくれる。アドリブの部分も細かく書いてくれて、それを弾くという感じ」と話した。『スリングショット』は高校2年の時に冨田が作った初のオリジナル曲。

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一人でバンドを 多重録音との出会い

冨田は冨田ラボスタジオのたくさんのテープの中から多重録音のテープを見つけた。高校2年で挑戦した初めての多重録音は、レコーダーを2台用意し再生される音を聞きながら楽器を重ねて録音していった。自分一人でバンドができるとワクワクしたという。

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冨田恵一
多重録音に明け暮れた大学時代

音楽業界にあこがれを抱き冨田は1981年に関東の大学へ進学。アルバイトに明け暮れながらローンを組んで機材をそろえた。そしていよいよ音楽業界の門を叩く。

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冨田恵一
念願のデビュー そして長い下積み

音楽誌が主催するコンテストに応募した冨田は優勝しユニットでデビューを果たす。しかし、全く売れず次をやろうという空気も周りから感じられず、挫折感に近いものを味わった。表舞台に立てなかった冨田はバンド仲間とアーティストのサポートをして食いつないだ。並行して編曲も引き受けるようになったが、編曲では「難しい」という言葉をよく言われた。幼いころから追い求めてきた心震わせる響きの一番大切な部分を否定され、音楽への向き合い方がわからなくなった。そんなとき、背中を押してくれたのは妻・恵さん。冨田の音楽を若い時から聴いている妻の言葉で冨田は決意を新たにバンド「MOVES」を結成した。情熱を注いだ作品はヒットにはならなかったが、冨田の運命を変える提案が。

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KEDGEkyohei shibata ’89 concert AGAIN ~そしてこの夜に~MOVESMOVES TRACKSRolling Like a Heavenてのひらの風(ヴィエント)サウンド&レコーディング・マガジンリットーミュージック冨田恵冨田恵一柴田恭兵
プロデューサーとしての第一歩

レコード会社の柴田さんがキリンジのプロデュースを冨田に提案。冨田はキリンジが初プロデュースで、“プロデュース”として雇われることで最後までコントロールできるやりたいことだった。キリンジはインディーズ時代から冨田がプロデュースし、独特な世界観とサウンドが次第に注目を集めていく。そして、2000年に「エイリアンズ」が生まれた。堀込泰行は「冨田さんが加わって劇的に良くなったのが管楽器のアレンジや流麗な感じ。曲のムードを決定づけるようなアレンジが素晴らしい。絶対に冨田さんじゃなきゃいけな勝った曲がエイリアンズ」と話す。

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MISIA「Everything」制作秘話

「エイリアンズ」で自分の理想の音がようやく受け入れられ始めた冨田。同じ2000年に人生を大きく変える一曲となるMISIAの楽曲プロデュースのオファーがあった。制作ディレクターの与田は「緻密で曲そのもを広げてくれるようなアレンジがいいと思い、独自路線を持っているところが大きかった」と依頼した理由を語った。否定され続けた複雑なアレンジだったが、それでも自分の音楽を認めてくれた人たちに背中を押され冨田は心が動く方へ決断した。冨田は「自分を高揚させるように作ったものが、いわゆる成功につながったからこそ続けていられるのかなと思う」と話した。冨田サウンドはヒットチャートをにぎわすように。

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冨田ラボ 曲作りの実験場

2003年、冨田は楽曲ごとにボーカリストを変える「冨田ラボ」として再びデビュー。冨田が尊敬するレジェンドから気鋭の若手まで日本を代表するアーティストが参加した。作詞家の松本隆も「眠りの森feat.ハナレグミ」で冨田ラボに参加している。松本隆は冨田について「重鎮たちの間にすっと入って“僕は昔からここにいました”という感じ。そういう空気感を醸し出せる人は稀有。いい人と知り合えた」と話した。

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さみしい時は恋歌を歌ってエイベックス・エンタテインメントクミコソニー・ミュージックレーベルズデラシネ deracineパラレル feat.秦基博プラシーボ・セシボン feat.高橋幸宏+大貫妙子ユニバーサル ミュージック冨田ラボ冨田恵一塚原孝顕大瀧詠一日本コロムビア松任谷正隆松本隆眠りの森feat.ハナレグミ筒美京平細野晴臣鈴木慶一音楽ナタリー風街オデッセイ2021

2025年、冨田は4人の若手アーティストを冨田ラボに迎えた。この新体制で新しい曲を次々と発表している。冨田は次の世代に種を蒔き育てていく。

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