「エイリアンズ」で自分の理想の音がようやく受け入れられ始めた冨田。同じ2000年に人生を大きく変える一曲となるMISIAの楽曲プロデュースのオファーがあった。制作ディレクターの与田は「緻密で曲そのもを広げてくれるようなアレンジがいいと思い、独自路線を持っているところが大きかった」と依頼した理由を語った。否定され続けた複雑なアレンジだったが、それでも自分の音楽を認めてくれた人たちに背中を押され冨田は心が動く方へ決断した。冨田は「自分を高揚させるように作ったものが、いわゆる成功につながったからこそ続けていられるのかなと思う」と話した。冨田サウンドはヒットチャートをにぎわすように。
