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短い生涯で40枚近くの自画像を残したフィンセント・ファン・ゴッホ。近年、真贋鑑定でゴッホが描いた本物が見つかったとのニュースが世界中で続出。実は偽物と判明するケースも続出。背景にあるのは本国オランダの研究機関の存在。番組では、その真贋鑑定の模様に密着。
オープニング映像。
オランダ・アムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館。ゴッホが描いた200以上の油絵、500以上の素描や版画、手紙や遺品など膨大な資料を所蔵。世界中から年間200万人が訪れる。注目は生涯で40枚近く描いたといわれる自画像のコレクション。「ひまわり」「アイリス」などの代表作も展示。
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- じゃがいもを食べる人々ひまわりアイリス (ゴッホ)アムステルダム(オランダ)アルル(フランス)カラスのいる麦畑ニューネン(オランダ)ファン・ゴッホ美術館フィンセント・ファン・ゴッホ木の根自画像
オランダ・アムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館。スタッフは300人以上、学芸員や階が修復士など様々なジャンルの人たちが美術館を支えている。注目はゴッホにまつわる研究や分析を主眼とするコレクション研究部。構成員は専任研究員と学芸員の計16人。
オランダ・アムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館。ゴッホの死後、弟テオの家族のもとに700点ほどの作品が残された。その作品を手紙や遺品などと共に守り続け、やがてテオの息子(ゴッホのおい)が散逸を防ぐため公的機関に寄贈。73年、ファン・ゴッホ美術館が開館。次第に研究機関としての役割が強化され、オランダ政府の後押しもあり体制が整備された。重要な役割の1つは真贋鑑定。世界中から毎年200以上の依頼が来る。
作品の真贋鑑定を行っているファン・ゴッホ美術館。2013年、「モンマジュールの夕暮れ」を真作と認定。ゴッホが最も精力的だった1888年に描かれたもの。いまではゴッホの最高傑作の1つと評価されている。署名がなく行方不明になっていた作品だが、2011年になって鑑定依頼が届いた。
作品の真贋鑑定を行っているファン・ゴッホ美術館。2011年、行方不明だった「モンマジュールの夕暮れ」の鑑定依頼が届いた。鑑定にあたっては絵の具の成分分析、キャンバス生地がほかのゴッホ作品と一致しているかどうか、当時の手紙に作品に関する言及がないかなどを調査。結果、2013年に真作と判定。
ゴッホの世界的権威として様々な研究を発表し続けているファン・ゴッホ美術館。2020年、ノルウェー・オスロ国立美術館に所蔵されている「自画像」を真贋鑑定。暗い色使いで、心のうちに苦痛を抱えているような印象深い表情が特徴的な作品。かつて1万フラン(1000万円)で買われたが、人々から「表情が恐ろしい」と思わてきたたうえ署名がなく偽物扱いされてきた。
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2017年、ファン・ゴッホ美術館はノルウェー・オスロ国立美術館所蔵で偽物扱いされてきた「自画像」を真贋鑑定。調査の結果、作品はゴッホが1889年~90年ごろ住んでいた南仏サンレミで描かれたと推測された。キャンバス生地の調査ではゴッホ作品との類似性は見られなかったが、このころキャンバスが不足していたということが当時の手紙からわかり調査は振り出しに。
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2017年、ファン・ゴッホ美術館はノルウェー・オスロ国立美術館所蔵で偽物扱いされてきた「自画像」を真贋鑑定。絵の具を原子レベルで分析したところ、生前使っていたパレットに残っていたものと成分が一致。ほかの自画像では見られない暗い色使いと悲痛な表情については、専門家が「ゴッホが人生の危機を乗り越え再び筆を執った時期の作品」と結論づけた。結果、2020年に真作と判定された。
37歳で亡くなったゴッホ。1853年、オランダ南西部のズンデルトに生まれる。牧師をしていた父の影響で自らも聖職を志すが、人間関係がうまくいかず断念。27歳で画家となり、自身の貧しさに身近な農民や職人を描いた。1886年、33歳で本格的な絵の勉強をするためパリに渡る。当時は印象派が人気で、ゴッホもその影響を受けた。このころはモデルを雇うお金がなく、自分自身をモデルにしていた。
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- ゴッホ~最期の手紙~ジャガイモを掘る農婦たちズンデルト(オランダ)ドロタ・コビエラパリ(フランス)パルコヒュー・ウェルチマンファン・ゴッホ美術館フィンセント・ファン・ゴッホ女性の頭部機を織る人
37歳で亡くなったゴッホ。1888年、南仏の風景に魅了されアルルに滞在。そこで共同生活を送ったのがポール・ゴーギャン。関係がうまくいかず、ゴッホは衝動的に自分の耳を切ってしまう。その後精神的に不安定となり、修道院で療養生活。その間、作品の世界は進化し続けた。ゴッホは当時の手紙に「意図せずとも不協和音で終わってしまう」と綴っている。1890年7月27日、拳銃自殺を図る。29日、37歳で死去。画家を志してから10年、生前に売れた絵は1枚だけ。亡くなった直後から「新しい時代の表現」と評価され始め、その名声は急激に高まっていく。特にドイツで人気となり、展覧会が何度も開催された。
1932年4月、ベルリンで始まった「オットー・バッカー裁判」。被告人オットー・バッカーはベルリンで画廊を営んでいた人物。ゴッホの贋作を絵心のあった兄に描かせ、大量に売りさばいて巨万の富を築いていた。33の作品が偽物と疑われたが、バッカーは嘘の主張を続けた。ゴッホのおい、本物と鑑定していた美術史家なども出廷しバッカーの主張を嘘とする証言を行った。結果、本物は1枚もなかった。バッカーには禁錮19か月と罰金1700万円の判決。
ファン・ゴッホ美術館のテオ・メーデンドルフ上級研究員。2024年秋、ゴッホの贋作を見抜いた過程を初めて公にし注目された。贋作が明らかになると所有者の経済的利益が損なわれるため、これまでは贋作について公表してこなかった。
1928年に刊行された「フィンセント・ファン・ゴッホ作品目録」。当時のゴッホの全作品を網羅したもので、その後のゴッホ研究の基礎となった。注目は「女性の頭部」。30歳の頃に描かれた作品だが、手違いで大工に売られる。露天商の間で売り買いされた後、行方不明に。08年、アムステルダムのコレクターの遺品からこれとよく似た絵が見つかる。鑑定の結果は真作。10年後、これと同じような絵がまた鑑定に出された。結果、こちらが真作と判明。前に鑑定したものは偽物との結論を下した。
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同じ時期に2つが真贋鑑定に出されたゴッホの絵画「女性の頭部」。2つ目が真作とわかったため、一度真作と判定した1つ目を再鑑定。結果、1作目は明らかな贋作と判定された。「レストランの内装」でも同じように2つが見つかり、1つは20世紀以降に描かれた贋作と判定された。色調がゴッホらしくないため、誰かが目録のモノクロ写真を模写したと考えられる。さらに調査を進めたところ、目録の情報に誤りがあったことも分かった。
日本で真作と判定されたゴッホの絵画「草地 背景に新教会と聖ヤコブ教会」。油絵ではなく初期の水彩画で、オランダ・ハーグ郊外の風景を描いたもの。調査にあたったのは埼玉県立近代美術館の学芸員と絵画修復士の合同チーム。紫外線による調査で絵の具の重なり具合を見るなどし、贋作ではないことを証明した。
日本で真作と判定されたゴッホの絵画「草地 背景に新教会と聖ヤコブ教会」。日本におけるゴッホ研究の第一人者・圀府寺教授も研究に加わり、ファン・ゴッホ美術館に伝えられた。美術館では今も35枚が鑑定調査中。
エンディング映像。
「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」の告知。12月21日まで、東京都美術館にて。
