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オープニング映像。
住宅街にオープンした小さな飲食店「酒処 大」。店を切り盛りするのはオーナーで接客担当の母・飯田貴美子さんと厨房に立つ料理人の息子・飯田大貴さん。そこへ手伝いに入ることになったのが大貴さんの友人・ユウキさん。店の看板メニューはハンバーグ。大貴さんのこだわりの配合でミンチにし、手間隙かけて丁寧に仕上げている。店で出す日本酒も全国のプレミア酒。オープンから3か月、味良し接客良しでお客が絶えない店になったが内情は火の車。経費の大半を占めていたのが食材費。母と子は過去に二度お店を失敗している。
大阪府出身の貴美子さんは上京後飲食店を経営し、常連客だった充明さんと結婚。2人の子宝に恵まれた。大貴さんは国立大付属の小学校に合格、子育ては順調だった。中学に上がると息子は突然不登校になってしまった。医師から告げられたのはアスペルガー症候群の疑い。貴美子さんは息子を料理学校に通わせた。そればかりかお店まで開いた。母がその味を褒めてくれたハンバーグを大貴さんは看板メニューに選んだ。もっと美味しい料理を出したいと食材にもこだわった大貴さん。定食の原価は5割を超えていた。オープンして1カ月でコロナ禍に。結局売上は上がらないまま2年後、店を閉じることになった。閉店して2か月後、親子は護国寺で店を開いた。2件目で新たに始めたのは夜営業。店で出す日本酒にもこだわった。その仕入れを通して大貴さんは好きな料理のことであれば以前より人と話せるようになっていた。父の充明さんもハンドドリップのコーヒーで母と子の店を手伝うように。そんな矢先、水漏れで店は休業を強いられ、再開の目処が立たず店を閉じた。
2025年8月、3度目の正直を信じ「酒処 大」を再オープン。ところが貴美子さんは黄斑上膜という目の病気を診断された。貴美子さんはやむなく店を長期間休むと決めた。貴美子さんがはなれて1か月、ユウキさんは利益にこだわっていた。ユウキさんは35歳のときに親戚が経営する会社に就職したがパワハラを受けて仕事を辞め40歳で無職になってしまった。ユウキさんに居場所を与えてくれたのが東十条にあるスナックのママだった。今度は大貴さんの居場所を守りたいという思いもあった。
大貴さんとユウキさんは店で出す日本酒のメニューを見直すという。店の客層に合わせたラインナップ作りを目指す。原価率が6割を超えるハンバーグに注文が集まりすぎないようにとユウキさんが始めたのはカレーライス。新たにメニューに加えたローストビーフ丼は実を落とさず使う食材を絞ってコストを削減。店の雰囲気をカジュアルにし、1000円でハイボールやサワーなどを1リットル楽しめる「せんべろ」を始めた。結果は数字にも現れ始めていた。
貴美子さんの目の状態は静かに悪化していた。ついに目の手術を受ける決心がついた。術後の経過も落ち着き、貴美子さんは大貴さんの店に向かった。すっかり様変わりした自分の店に驚くばかりだった。店を守りたい大貴さんとユウキさん、貴美子さんが守りたいのは息子が作り上げてきた味だった。店の今後について話し合うことに。
大貴さんとユウキさんのもとを訪れた貴美子さんは店の今後について話し合いをした。数日後、貴美子さんはユウキさんが以前働いていたスナックを訪れた。店のママに息子のビジネスパートナーの評判を聞きに来た。貴美子さんは店から身を引くことを決めた。大貴さんも常連客であれば苦手な接客ができるようになっていた。店は軌道に乗ってきたが、大貴さん自分の店をどんな店にしたいのかという問いを突きつけられた。大貴さんは実家を出て一人暮らしをするという。
実家を出て一人暮らしをするという大貴さん。荷物は自転車に乗せて自分たちで運んだ。大貴さんは自分で物事を考えて何でも決めなきゃいけないていのを1回はやってみたかったという。一方、貴美子さんは自分の店を開こうと考えていた。2か月後、本当にオープンしていた。
貴美子さんが開いた店は「発酵ばぁばのおもろい酒」。すべての料理に発酵食品を浸かっている。ハンドドリップのコーヒーで店の手伝いを買って出ていたのは夫の充明さん。夫婦二人三脚で新たなスタートを切った。大貴さんとユウキさんは力仕事を手伝いに来てくれた。原価は高くても母と築いた味は残したい、看板メニューはハンバーグというのが大貴さんが出した答えだった。
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- 発酵ばぁばのおもろい酒
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